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2006年02月25日

寝かせない

連日、オリンピックで寝不足していますか?

私は、ライブは怖くて見られないので、いつも結果が分かってから見るくらいでちょうどいいんです。
ニュース映像でも十分涙流せます。


ところで、ネット歴長いひとやヘビーユーザーさんたちなら 既にご存じかもしれませんが、
知らない人もひきずりこんでやる〜〜。

前のコメントで、人の意見を聞くのが好き、と言いましたが、
それゆえに、このサイト、はまっちゃうんです。
びぃさんならご存じかもしれませんね。

前に一度、読み出したら止まらなくなって、
5時間ほど読み続けたこともありました。

一度、開くと、なかなか閉じることができないので、
いつも、見ないように見ないように封印しているのですが、
最近また、ふと思い出して開いてしまいました。
案の定、一回開いたら、1時間は確実に時間をつぶしてしまいます。

2ちゃんほど、えげつではなく、結構まともな人のまともな意見が寄せられています。

世の中には、ホント、いろんな人がいて、いろんな考え方があるな〜と感心します。


ふっふっふ…
これであなたも今日は寝られない…

このサイトです。
http://www.yomiuri.co.jp/komachi/reader/
posted by ギャロパン at 00:59| 愛媛 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 取るに足りないたわごと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月19日

これを書くのは勇気がいるけど、誤解を招きたくないのでよくよく読んでください

またも子供が犠牲になった痛ましい事件が起こりましたね。

あんな無力な子供を20カ所も刺すなんて、
一報を聞いたとき、犯人はよほど(何に対しては分からないけど)恨み辛みが深いか、
もしくは、ちょっと気の狂った人、と思っていました。

いや、どんな恨み辛みがあったとしても、たった5歳の子供をあんなに刺すなんて、
やはり人としてどこかおかしい人だと思いました。

でも、犯人は中国人と聞いて、ある種の納得感が沸いてきました。

ここで、誤解のないように先に言っておきますが、
けっっっっっっっっして、中国人蔑視ではないんです。
中国人に対してのみならず、何人にしても、日本人でも友人でも、
偏見や思いこみ、一つを見てすべてを決め込むような考え方をすることは、
私のもっとも嫌う部分です。

それでは何が納得なのかと言うと、
これは、何千年も続く民族のDNAに刷り込まれた日本人との違いなんだろうなぁ…
と思ったことです。

日本人は、島国で、単一民族で、他の民族からの襲撃を受けることも少なく、
同じ顔した同じ感覚を持った、そう大きく変わらない環境で生まれ育った民族の集まりで
皆まで言わなくても心中察することができるため、
自己主張をすることはスマートではなく、
出る杭は打たれるため、なるべく人と違うかけ離れたことはせず、
武士の情けの言葉どおり、敗者を完璧にはやりこめず、
自分のためにも人には情けをかけて、
争い事をなるべく避けるために顔で笑って心で泣くような、
もちろん、個人差はありますが、そういう民族なんだろうな。

そして、中国人は、
とにかく、あの大きな大陸で、日本なんかができる何千年も前に既に、
民族闘争は始まっており、現代に至るまで常に、外部民族からの襲撃を受け、
自分たちも領土を広げたり力をつける準備を怠らずそのための知恵も培われ、
違う民族に支配されては昨日の敵に忠誠を誓い、誓いつつも常にクーデターの好機をうかがって
タフで闘争心も高く、食うか食われるか、弱肉強食、やられる前にやってしまえ、
それが生きる術なんだ、という環境で作られたDNA。
きっと、自分の敵と認めた者、自分の保身のために邪魔な者は
完膚無きまで徹底的に息の根を止める、これまたもちろん、個人差はあるけど
そういう民族なんだろうな・・・

って、私は全然中国に詳しい訳でなくて、
単なる歴史で習った簡単な事実や(これも偏りがあるかもしれないけど)、
中国の歴史映画や、小説なんかをほんの少し聞きかじっただけの印象なんだけど、
それでここまで書いてしまうとそれこそ決めつけだ、なんて思われるのは本当に不本意なんだけど、

とにかく、
日本人と中国人は、根本的に価値観が違うし、
この長い年月を経て培われたDNAは、そう簡単には変われない、ということです。

いたいけな子供を20カ所刺す、

このことは、日本人からすると、かなり特異であり、理解できないし、
どう考えても弁明の余地なし。

そこで考えたのは、中国の中でこういう事件は特異なのだろうか、ということでした。

福岡県で一家が小さい子供までも一緒に殺されて重石をつけられて海に放り込まれた事件、
あれも中国人の犯行でした。

この二つの事件だけを見て、中国人=残酷 と捉えるのは危険です。
中国人でも温和で人なつこい人もいるし、おもしろい人もいます。
でも、中国で起こる殺人事件て、こういう徹底的な残忍ぶりが、実は珍しくないのかも。
それは、前述したように、日本人より残虐という捉え方ではなく、DNAに刷り込まれたせいで。

ここで再び、誤解の無いように言っておきますが、

今回のこの事件、私はDNAがそうだから、仕方がない、と言ってるわけではありません!!
私だって同じ五歳の娘を持つ親として、
もし被害者の親なら、逆に100カ所刺して殺してやりたい気持ちです。
どんな理由があっても、こんな卑怯なことはありません。
相手は子供、たったの五歳。
力も弱く、逃げる術もしらない。無抵抗に近い。
それを、あんな自己中心的な理由で あそこまでの犯行に至るなんて、言語道断!
これからのすべての人生を謝罪と反省の気持ちで過ごしたとしても許せません!


いえ、何が言いたいのかというと、

子供を20カ所も刺すという日本人から見ての異常性は、
ある国から見ると実は異常ではないのかも。
最近の韓国との竹島問題然り、中国外交然り、
私たちの倫理の理解を超える行動が目立って、近い国、同じ黄色人種でありながら、
価値観が恐ろしく違うのだと思わざるを得ません。

そこで、民族の背景や歴史を考えると、なるほどねぇ…と勝手に1人で納得したんです。


でも、


この事件を受けて、今後、我々日本人が最も気をつけなければいけない、と思うことは、

今まで以上に身の回りの外国人と交流を深めて理解を深めなければならない、ということです。
決して外国人、特にアジアの人たちを遠ざけてはいけない。
このせいで、中国人への偏見を強めてはいけない。


今回の事件の犯人は、被害妄想が強かったとはいえ、
言葉のあまり通じない外国で、不安要素はかなり大きかったと言えます。

日本人の悪いところで、
知らない人、外国人、変わった人を排除し、関わらないようにする姿勢は、
悪気はなかったとしても、疎外感を与え、孤独にさせ、被害妄想に拍車をかける要因です。
その土地になじみのない人、新しい顔にこそ、周囲の人間は自ら近寄っていって心を開かせて
地域の輪に入れてあげるように働きかけねばならない。
もしあなたが不安いっぱいでアメリカの地に移り住むようになったとしたら、
きっと、みんなフレンドリーに迎え入れてくれて、
たとえ言葉は通じなくてもすぐにその土地に馴染むと思います。

数日過ごすお客さんには外国人でも親切にできる日本人だけど、
移り住んでくる外国人には、なかなか近づかない、遠巻きに見るだけ。

もし、犯人の周りに、もう少しフレンドリーな友人知人がいたとしたら・・・。



恥ずかしがり屋で怖がりさんの日本人DNAに渇を入れて、
勇気を持って大胆に行動するフレンドリーなDNAを活性化させましょう。

って、完璧主義で批判されるのに弱いDNAを持ち、
ここを書き上げるのに、辞書やネットで慎重に調べたり
いいわけがましい書き方で文章が無駄に長くなってしまって
推敲に推敲を重ね、3時間くらいかかってしまった私が言うのもなんですが…。




posted by ギャロパン at 02:56| 愛媛 | Comment(6) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月14日

習い事はじめました

060213_1.jpg

今日は、抜けるような青空でしたね。
仕事の休みだった私は、solaちゃんも保育園を休みにして、
珍しく我が家も午前中からお出かけしてちょっと大きめの公園へ行きました。

そこは、小高い山になっているので展望もよく、雪をかぶった石鎚山から街並からその向こうの海までなんとも輝いてくっきりと見えました。
昼間は暑いくらいで、少しずつ春が近づいてきているのかと思うと、ちょっと晴れやかな気分になりました。(ちなみに、私は花粉症持ちだし、春にいい思い出がないので、春はそんなに好きではないのですがね)


ところで、
さかのぼること1週間前。
先週の日曜日、街中の小さな画廊で『猫の絵展』をやっていたのを、母と私とsolaちゃんと3人でふらりと立ち寄りました。

小さい画廊で、店主と絵描きがまったりとしていた中に入ったので、
さーっと見てさっと帰るつもりだったのですが…
そこにいた絵描きと母が、少し話し始めると、あることが判明しました。
なんと、その絵描きさんは、
30年前、まさしく私にお絵かき教室で教えてくれた先生だったのです!!
先生は、するすると私たちの住んでいた住所や、私の名前の漢字や、
我が家の玄関に飾ってあった油絵までも言い当てました!!

私はというと、先生のことは ぜんっっっぜん記憶にないのですが、
お絵かき教室というのは、私の中では重要なキーワードでした。


あれは…私が幼稚園に入るか入らないか、3歳か4歳くらいのころから、
小2くらいまでならったかなぁ・・・とにかく、私の初めての習い事でした。

前回書いたように、私は幼少のころは恥ずかしがり屋で、母から離れて1人で
知らない人たちの間へ入る、ということは大変勇気のいることでした。
しかし、お絵かきは、人と交わるというよりは、自分の世界へのめり込めばいいので、
比較的、私の中では受け入れられ安かったと思います。

いやいや、そんなことより、
お絵かき教室に初めて行ったとき、3歳で、
それこそ、初めて静物画を描いて、筆を持って絵の具で色を塗って仕上げた1枚目を、
先生にいたく誉められ、
それをそのまま表装…というと大げさだけど、額をつけてくれて家に持ってきてくれて、
それがそのときから今まで30年、我が家の実家に飾ってある、

このことが、何よりも私の人生のなかで、大きな励みとなったのでした。

そして、その先生は、本当にいい先生で、
私たちに、こうしてはダメとか、こう描きなさい、などの指示は一切なくて、
こういう方法もある、ああいう描き方もある、という
膨らみを持たせた指導方法で、その子の個性を存分に引き延ばしてくれるものでした。
(と、今となっては思います)

子供の本当の初期に、そういう絵を描く、という指導があったからこそ、
お絵かき教室を辞めたあとも、
絵を描くことに関しては自分の中で自信を持って描いていたし、
人に負けたくないという気持ちで、力を入れて頑張っていたし、
何よりも、そのおかげで、絵を描くこと、絵を見ることは今でも大好きです。

そして、つらいとか怖いとかいう思い出は一切無くて、
自由で、とても好きな時間だったなぁと、今でも思います。

と、ここまでは話せなかったけど、
30年ぶりに再会した先生に、当時は、本当に楽しくて、
私の中の大きなポイントでした、ありがとうございました、
と言えることができて、うれしくなりました。

そんな体験を、本当は、solaちゃんにもさせたかったんだけど、
solaちゃんには、体操もいいな、空手もいいな、ピアノもさせたいし、
もしかして、水泳はどう?…なんて思いをめぐらせていて、
でも、全部は時間的にも金銭的にも難しいので、一つか二つになるかなぁと
思い、お絵かき教室は、却下となっていたのでした。

でも、その、私の習った先生のムスメさんが(私の二つ下なのだけど)
昔のその先生のように、
子供たちに絵を教えていて、しかもその教室が、私の住んでいるところから近い、
ということを知り、是非 体験に来てください、と言われ、
これは、運命的なものを感じました。

というと大げさだけど、ちょうど、今、solaちゃんのお絵かき熱が高まっていて、
絵を描く、ということに、かなりどん欲になっていて、
お出かけをしているときにも急に、「あ、いいこと思いついた。」
(この「いいこと」というのは、絵に描く題材としていいもの、ということ)
「忘れないうちに描きたいから早くおうちへかえろう。」とまで言うようになっていたのです。

そして、描いた絵は必ず壁に飾れというので、だんだんと我が家のリビングは
solaちゃんの絵で埋められてきています。
060212.jpg

それに加えて、私自身の絵に対する思い入れや、
ちょうど先生にタイミング良く巡り会ったことなど、
すーっと惹かれるように、この土曜日に無料体験をすることになりました。
土曜の午前中の教室は月に2回で、回数的にもお月謝的にも、ちょうど良い具合なのも
私を引きつけるに十分でした。


そうして、私もsolaちゃんも意気揚々、お絵かき教室に行って来ました。

バラバラとやってきて、それぞれが自分のペースで絵を進め、
どの子供も楽しんで、でも真剣に取り組んでいました。

今回は、画用紙の裏に、いろんな色で埋め尽くし、
ひっくり返して、表側にマジックで絵を描き、そこに溶かしたロウで模様を描くと、
なんと不思議、裏の色がロウで塗ったところに浮き出てくるのでした。
最後に、暗い色で塗り上げると、味のある冬のような情景のできあがりです。
(言葉で書くと、ややこしそうだけど、実際簡単です)
060211.jpg

それを、1時間ちょっとで描きあげて、まだ物足りない様子のsolaちゃん。
もっと描きたい、と言っていたけど、出来上がりにやり遂げた感と満足感がありました。

結局、次回から、教室を始めることにしました。

お絵かき教室は、別に、どれくらいまで進ませたい、とか級とか そういうものは一切ないので
solaちゃんの興味具合、他の習い事との兼ね合いで、辞めようと思えば比較的辞めやすく、
たとえ、1年間だとしても、きっと私の幼い頃のように、それなりの成果を
その後の人生に与えてくれるものだと思います。

これで、しまじろうに続いてお絵かき、両方たしても、そう大した金額ではないけど、
我が子の教育にお金をかけたい、という親の気持ち、少しは理解できました。

あ、そういえば、しまじろうを始めるからオモチャとおやつを我慢する、という話、
1週間は持ちましたが、2週間は持ちませんでした。
私自身がすっかり忘れていたので、これからまた、小出しにして
オモチャやお菓子を買うことを少しずつ阻止していこうと思います。
posted by ギャロパン at 01:38| 愛媛 | Comment(4) | TrackBack(0) | 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月09日

性格考察

私のことをよくご存じの方は、えーーと思うかもしれませんが、
私が園児の頃は、とても内向的で恥ずかしがり屋で優柔不断でした。
のくせに、人一倍負けず嫌いでプライドが高かったのです。
負けず嫌いは今も変わりませんが。

幼稚園の先生にさえ人見知りをして、まともに おしゃべりしたことはありません。
スーパーの店員さんなんかに話しかけるなんて もってのほか、ある程度大きくなるまで
いや、大きくなっても、なかなか店の人には話しかけられずにいました。
(何か尋ねたいことがあったときとか)

人前で何かする、歌なんて歌えなんて言われようもんなら、
断固として拒否です。

これで昔思い出すのが、今でもちょっと後悔の話。
まだ幼稚園か、小学校低学年の頃、祖父の経営する会社とその周辺の会社で合同の納涼祭がありました。
いとこ親戚一同どころか、全く知らない大人たち、全く知らない校区の全く知らない子供たちがたくさん集まり、盆踊りとかちょっとしたイベントになっていました。
そこに特設ステージが設けられ、にわかカラオケ大会になりました。

大人たちは、私たち子供たちに歌を歌わせたくてたまりません。
当時、ピンクレディー全盛期のときで、早々にチラホラと歌う子供たちもいました。
でも、私は人前に出るのだって恥ずかしいのに、まして、ステージなんて設けられて
歌を歌い上げるなんてぜっっっったいにできない!と母に拒否の旨を伝えました。

すると、祖父も祖母も、じゃあ、リカちゃんのおうちを買ってあげるから歌って、と
誘ってきました。
当時の私が、喉から手が出るほど欲しかったオモチャです。
ピンポンパンの木の幹に駆けつけるときは、一番に走ってリカちゃんハウスを取るんだ、と
心に誓っていた頃のことです。(ピンポンパンを知らない人はスルーしてください)

二つ下のいとこが、一緒に歌おうと言ってくれました。
心がグラつきました。
そうこうする間も、ちびっ子ピンクレディーは次から次へと出てきます。
歌詞さえも覚えていない下手な子もいれば、踊りも完璧な上手な子もいます。
そういうとき、下手な子は既に私の眼中になく、上手な子を見て、
「ああ、私はあそこまで上手にできない、あの子たちよりうまくできないならやりたくない。」
と、負けず嫌いが顔を出し、
オモチャを買ってくれるから、じゃあやる、と手のひらを返すようなやり方は、
まだ幼い子供心にも なんか卑怯な気がして、すぐにさっきまでの自分の言っていたことと反対のことを言い出す勇気が出ず、やっぱり イヤだと断っていました。

それでもしつこく、親戚のおじさんからおばさんから、祖父・祖母も何度も私にアタックしてきて、
そのころにはもう、会もグズグズになっていて、ステージで歌うことも、もうどうでもいいような気がしていたのだけど、単に、自分が初めに言ったことを覆せない、というプライドだけで、最後までねばり強く断り続けることとなりました。

でも、後で考えたら、さっさと歌ってさっさと済ませていれば、みんなの「歌え」攻撃はすぐに終わったし、オモチャは手に入るしで、一石二鳥だったのに…
本当に、リカちゃんハウス、欲しかったのに・…
と、ジワジワと後悔の念が襲ってきたのです。
でも、その後悔してることさえも親に悟られたくなくて、平静を装っており(プライド高!)、
単なる「私の恥ずかしがり屋エピソード」としてのみ親にインパクトづけただけでした。

あのとき、リカちゃんハウスを手に入れ損ねた、という後悔は、
その後、しばらく(大人になるまで)続いていました。(ネバイ?)
でも、そのおかげ(?)で、
先に言ったことを物につられてすぐ覆したくない、とか、そういう
子供心に考えたその思考を、大人になって覚えている、というのは、
今、育児をする上でかなり参考になる部分です。

子供って、まだわかってない、とか、思慮が浅い、と思っているのは
それこそ思慮の浅い大人であって、
子供でも、大人がびっくりするような思考を展開していたり、
ものすごい想像の羽を羽ばたかせていたりして、あなどれないんです。

なので、できる限り、子供の言葉で分かるように、難しい話も
聞かれたら答えるようにしています。

例えば、体の中に血液が流れていて、血液は酸素や栄養を運んで不要な物を集めてくる、とか
バイキンをやっつける白血球の話とか、とくとく(心臓のこと)が止まったらどうして死ぬのか、
はたまた、タイムスリップの話や、赤ちゃんとお母さんがおへそでつながれている訳とか、
どうして親子は似ているのか、など、繰り返し話していると、
初めは分かってるのか分かってないのかフンフン聞いていますが、
何度か同じような話をするうちに、自分の中で消化しているようで、
私が教えたこと以上の理解を示して返してくることがあり、実際かなり驚きます。(親バカ?)

それと、solaちゃんは、
カンシャク持ちでキョロキョロマンであることは、赤ちゃんの時から知っているのですが、

最近、好きなおかずは、最後まで取っておく、という行為を見て、
ミョーーーに人間らしくなってきたことに うれしくなりました。
自分なりに考えて最後は好きな物で終わらせたい、
好きな物があっという間に終わってしまうのは忍びない、
(と考えたかどうかは分かりませんが)と小さい脳味噌で考えたかと思うと、なんかおもしろい。

そのくせ、シールとか、バンドエイドなど、私は小さい頃、買ってもらったら、
ずっと使わずに取っておくタチでしたが、solaちゃんは潔くバッと使います。
あまりにあっけなく あっという間に使ってしまうので
「ママは子供の頃、ずっと使わずに取っておいた。」と言うと、
「だって、使わずに置いておく方がもったいないじゃん。」と。

おおー。
いっちょまえなことを言いやがって。
そのとき私は、「確かに。」としか言い返せませんでした。

solaちゃんは、スーパーでも、1人でレジにいって お金を払いたがるし、
先生にも、グループホームのヘルパーさんたちにも、私の友達にも
平気で話しかけて、自分のことペラペラしゃべるし、
物の好き嫌いがとてもハッキリしていて、それについて自己主張をします。

どれをとっても私になかった要素だわ。
親に言われたら言われるがまま、人が好きだと言ったら好きになり、
嫌いだと言えば自分も嫌いになる。付和雷同もいいとこ。

小・中時代は、照れ隠しで、ちょっと乱暴な言葉遣いになったり、
クラスで男子を追いかけ回す男っぽいキャラを作ってしまいました。
そして、そのうち、公明正大で、不正を許せない真面目な性格に八方美人が加わって…
おちゃらけと真面目の入り交じった、中途半端な人間に。


でも、そういう自分がイヤでイヤで、変わりたくて変わりたくて、
少しずつ自分で改良した結果・・・・

それが今の私。
おしゃべり大好き。
知らない人ともおしゃべりで盛り上がれます。

店員さんにも自己主張はしまくります。
クレームだって、言ったもん勝ちの勢いで、オバチャン化?

自分の好みを意識し、それにそぐわないものであれば、些細なものでも排除。
自分の置かれた状況を耐える、でなく、楽しむ、に変えていく。

ここまでたどりつくのに長かった。

さて、solaちゃんが、今後、どのような性格になり、どのように変化していくのか、見所です。
温かく見守るしかないかのぉ。

posted by ギャロパン at 01:50| 愛媛 ☀| Comment(5) | TrackBack(0) | 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月04日

感動再び

びっくりした〜〜。

『風の谷のナウシカ』すっかり見ちゃいました。

solaちゃんも、分かってか分からずか、必死で見てました。
時々怖いシーンやキモイシーンが出てくるので、
solaちゃんに「怖い?」と聞くと、「全然」と。

以前のsolaちゃんなら、『千と千尋…』も『もののけ』も、見ている途中で
「怖いけん消して!」と言っていたものですが…。
それで、怖くなくなったことがすごく誇らしい感じで、

「ママは子供の頃、怖くなかった?」

と聞かれ、
ふと、このナウシカっていつの映画だったっけ?と新聞を広げると、

1984年!!!

「えーーー!!!!」 


マジで声出しました。

びっくりした〜〜。

もう22年前!
14,5年は行ってると思ったけど20年越えてたとはなぁ…。

考えてみたら、1990年がもう16年前なんだもんなぁ。

えっと…

22年前は…
12歳・・小6のときか。

当時、映画を見たときは、えらく感動して、
「私がこの地球を守る!」って思ったっけ。

その感動は今も変わらずでした。

でも、涙する回数が増えたかな。

そして、毎度、見るたびに、新しい発見が。

今回は、エンドロールに流れる映像で、水をくみ出すシーンを見て、
ああ!これは、地下500メートルからくみ出した水なんだ!と改めて理解しました。

ナウシカフリークの方からしたら、そんな初歩的な…と思われるかもしれませんが。
posted by ギャロパン at 11:50| 愛媛 ☀| Comment(5) | TrackBack(1) | 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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