記事検索
 

2007年11月26日

七五三

七五三のことを書かねば…。

我が娘solaは、とにかく落ち着きはなく、
いつも走ったり飛んだり登ったりジャンプしたりしたいので、
着物なんて大ッキライ!!という派である。

3歳のときは、本当に疲れた。
着物を着せるだけでも一苦労。
汗だくになって着せたあとも、常に動き回り、
写真もなかなか撮らせてもらえず、いい写真が撮れなかったので、
翌週に改めて着物を着せなおして写真だけ撮りに神社へ行った、
という思い出もある。

7歳になった今年、さてどうなることやら。

まずは、着物を着ることを説得せねばならない。

「着たらかわいいからね。」なんて陳腐な言葉では動かない。
「ママも着るから、おそろいよ。」と
「父上が帰ってくるからみんなで写真撮ろうね。」の類の言葉の応酬。

極めつけは、solaちゃんの髪飾りとポックリを買いに行き、
本人が気に入ったものを、少々値段がはるが、バアチャンに買ってもらい、
着物とセットでつけるんよ、と言ったこと。

ちなみに、着物は例のごとく、アンティーク好きの私の母が、
チマチマと買い集めた古着の着物の中からセレクトし、
とってもとっても格安でしあげている。

3歳のときは、走り回るsolaちゃんを追いかけるのに必死で、
とてもじゃないけど着物なんて着られたもんじゃなかったけど、
今年はもう1年生だし、家族の記念としてもビシッと決めてみようと、
私とsolaちゃんは美容院でセット・着付けをしてもらい、
写真館で写真をとることにした。

と言っても、名の通った子供相手の写真館なんかは、
七五三前後なんて予約いっぱいだろうし、バタバタするのは嫌いなので
どっか、当日電話かけて空いてたら行ってみようか…
みたいな、ゆるい予定を立ててみた。

写真館なんて・…と、嫌がると思っていたやんちゃぁが意外にも乗り気で
「記念やし、証拠写真を(なんの?)残しとけ。」なんて言ったので、
やんちゃぁの説得する手間は省けた。

七五三の前日、近所の予約を入れた美容院に、
着物だけを事前に持っていくことになっていて行ったとき、
そこのチャキチャキっぽい女先生が、
細かく私に予定を聞いてきた。
「何時に仕上がったらいいの?」「写真館は遠いの?」
「お参りは近く?」「お食事の予約は?」なんて
矢継ぎ早に問いかけるが、一つとしてハッキリとした応えを
出せなかった私のゆるい予定の立て方に業を煮やした感じで、
「写真屋なんて、カメラマンがいなかったら撮ってもらえんよ!
そりゃぁ、予約してから行った方がいいよ。すぐにでも。!」
なんて渇を入れてくださった。

あまり写真館に馴染みはないので、じゃぁ、タウンページで調べてから
当日空いてたら そこに行きます、なんて言おうもんなら、
「じゃぁ、近くの○○写真館は?今から電話入れてあげるから。」
なんて電話まで取り出してきたので、
あ、美容院と連動してるのか、じゃぁ割引でもあるかな、と思ったら、
そんなものは なかった。

でも、他にアテがなかったので、とにかく言いなりになることにした。
自分に特に案がない場合は、流されて事が運ぶのが一番の得策だ。
とにかく、写真館は決まった。
時間だけは、当日電話することにした。


で、当日、午前中はせっせとクリスマス飾りの準備をして
庭の物置の整理にあたり、お昼過ぎて予約時間がくると
やっとやんちゃぁが京都から帰ってきた。
我が家のゆるいスタートにふさわしく(?)、みんなの支度ができて
神社へ向かったのは、午後3時のことだった。

美容院で支度をしてもらったsolaちゃんは、見違えるように美しかった。

心配していたウロウロチョロチョロは、美容院ではしなかったし、
素直にチャキチャキ女先生の指示に従って大人しくしていた。

天気は快晴!
祝詞の申し込みをして神主さんのお話を聞いたとき、
この日が大安吉日であることを知った。
着物がアンティークであることも手伝って、
他に集まっていたどの子よりも輝いていた。親の目ですが。

祝詞が終わった後は 家族で撮影会。

この日のsolaちゃんを、美しく、構図もよく、表情も素敵に
とにかく何枚も何枚も私と母は撮りまくった。

071123_3.jpg  071123_4.jpg  071123_7.jpg  071123_8.jpg

solaちゃんが写真を撮られることに飽きてきて
バアバの気も済んだ頃、写真館へ向かった。

写真館で写真を撮られることは、solaちゃんは
物心着いてからは初めてだし、独特なスタジオの雰囲気に
solaちゃんの女優魂に火がついたようだ。

あんなに私やバァバがカメラを向けて笑って〜〜!と言っても
ふてくされたり、ガハガハ笑ったり、
おちょうしのポーズを撮っていたのが、
優しいおじいちゃんのようなカメラマンに
「はい、顔ちょっとだけあっち向けて、目ン玉だけこっちに向けてねー。」
「いっぱい笑わないよ〜。口閉じてちょっとニッコリ♪」
と言われると、何とも素直に いい表情をつくることか!

solaちゃん1人のポーズを撮り、家族で撮り、
撮影を終えて ありがとうございましたーと言うと、
やんちゃぁが 良家の写真のような、私がイスに座って
オレが後ろに立って夫婦の写真を撮りたい、と言いだし、
その言葉の裏の意味が何かあるのか…?といぶかしく思いながら
夫婦写真も撮ってもらった。
素直に喜べない私がいけないのか、
普段からよき夫ぶりを発揮しないやんちゃぁが悪いのか…。


結婚式のときは、ちゃんと写真屋さんで撮らずに、
会場でチャチャッと撮っただけだったので
こんな感じで写真を撮ったのは成人式ぶりかなー。

節目で写真館のお世話になるのもいいかもね。
ちょっと気がピッと引き締まるというか、区切りがついて。

ただ、お値段が結構張るのが 気軽に行けないとこなんだけど…。
出来上がりの写真がたのしみ!


ちなみに、solaちゃんは連休明けに日直で、
日直になると何かスピーチをしないといけないのだけど、
今回はこの七五三のことを話す、と張り切って作文を書いた。
一番楽しかったのは、やはり、
自分が女優さんになったみたいに 写真館で写真を撮られたこと、
だったらしい。

posted by ギャロパン at 23:50| 愛媛 ☁| Comment(7) | TrackBack(0) | 子ども | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月09日

講演

京都旅行の話題を早く仕上げて
ここに書きたいネタがあったんです。

京都旅行に出かける、という金曜日の午後、
実は私は、小学校の役員の仕事で
学校保健の研究大会に出席し、ある人の講演を聴きました。

その人は、木藤潮香さんです。

この名前を見て、ピンと来たでしょうか?
『1リットルの涙』を書いた木藤亜也さんのお母さんと言えば
おわかりでしょう。

そう、今はあんなになってしまったエリカ様が
まだ可憐で乙女で消え入るような美少女を演じたあのドラマの
原作を書いた木藤亜也さんのお母さんです。

あのドラマに私は はまって、毎週食い入るように見入り、
何度も涙で顔をグジャグジャにしたものでした。

脊髄小脳変性症という原因不明の進行性難病に侵され
脳の中はハッキリと冴えているのに、体がどんどん動かなくなっていく
というせいで、苦難な人生を送り、
亜也さんは25歳で亡くなりました。

その実のお母さんが来松してお話を聞けるんです!
この役員の仕事として、連絡プリントを頂いたときから
木藤潮香さんの話を楽しみ(?)にしていました。


果たして、木藤さんの講演は、すごく貴重な、価値あるものでした。

出てきて、第一声の挨拶を聞いた瞬間から、
なんと優しく穏やかで、すばらしい人格を持った人なんだ、と
驚くと同時に、その人の影に、あんなことがあったんだ…と、
ドラマを走馬燈のように思い浮かべるだけでもう、涙がこぼれそうでした。

母親として娘の異常に気がついたという瞬間、
そこから、娘に病院を促すまでの母親の葛藤や事前の準備、
そして、娘本人に、その病気のことを知らせるという重く切ない場面、
世間と娘をつなぐ役としての母親の役割、
兄弟、家族、そして世間と関わる娘の葛藤を一身に背負う母の役割、
そのどれをとっても、涙なくしては聴けず、
涙をぬぐってもぬぐっても後から後から涙があふれるばかりでした。

涙もろいのは私だけではないですよ。
会場には涙もろい母親たちがそろっています。
会場じゅうから鼻をすする音が響き、誰もがハンカチを握りしめていました。


この木藤潮香さんの話を聞くと、
まず、この人のすばらしさは、あんな重大な危機に面して、
常に冷静さと客観性を失っていないことでした。

もちろん、その悲しみや苦しみは、私たちでは計り知れません。
でも、どうすることが娘にとって最善なのか、
自分に出きる最大限のことは何なのか、
元々保健婦でそのような仕事に少なからず携わっていたということを
差し引いてもあまりあるすばらしさでした。

一貫していたのは、娘の亜也さんが思春期であり、
自分の意志を持つ1人の人格者であることを尊重し、
決して母の思いや価値観を押しつけたりしていないことです。
まるで亜也さんの前に必死で道路を切り開き、
亜也さんが自分の足で歩き出すのを両手をさしのべながら
待っているかのようでした。

世間の目からの防波堤の役割も重要でした。
世の中には心ない人や、心あっても現実を突きつける人はいるもんです。
私なら、くじけてしまいそうな言葉を浴びせる人もいたようです。
でも、娘を守るためには、くじけてなんかいられない、という
強い意志がありました。

それでも病気は進行していくばかりで、
いっそ、死んでしまった方が亜也さん本人にとっては楽なのかもしれない、
と思う時期もあったようで、
何もできない母親は、ただ、どれだけ自分が身代わりになってやりたいか、
無念の気持ちでいっぱいだったようです。

何もできない自分…


もし、自分の娘が息子がそんな病気に侵されたら……
会場にいた誰もがそれを想像して、
潮香さんのつらい胸中をの何百分の1かを共有できたことでしょう。


ついつい親は、五体満足 無事に産まれてきたことを
ただ喜んでいた、ということを忘れ、
より賢く、より上に、あれしなさい、これしなさい、
あれができていない、こんなことができない、
なんてことを言ったり思ったりしてしまうのだけど、
今、普通に生きてることが どれほどすばらしいことか、
改めて実感することになりました。

いや、普段からでも、なるべくそう思うように気を向けてるけど、
平和な日々が日常化すると、つい、忘れがちになってきます。


潮香さんの子育て、子供への接し方は、
亜也さんのような病気になってしまった人だけでなく、
普通の子育てにも通じるものは多々あります。

親は、子供を信じて子供の意思を尊重しつつ、
でも、守るべき物からは身を挺して守らなければならない。
愛情を持って接していれば、叱咤も激励に変わり、
後に分かり合えるようになる。
導いてやるのではなく、愛で包む。
すると、自ずと道は開けてくる。


この講演で流した涙は、心の中まで洗ってくれるようでした。

タップリ1時間半の講演は、全く退屈することなく、
初めから終わりまで全てが聞きどころでした。



学校の役員でこの役に決まったとき、
仕事を休んで行かないといけないのが面倒…と思っていたけど、
すごくいい体験をさせてもらって本当によかった。


posted by ギャロパン at 23:06| 愛媛 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月08日

京都旅行 これで絶対終わらすぞ編

事前にじゃらんから得た情報によると、本能寺会館の料理はおいしいらしかった。
夜は外で食べたので、朝食だけだけど、口コミ情報違わず
朝からおいしい湯豆腐がいただけて満足。
solaちゃんも、はんぺんにみりん干し、出し巻き卵に白ご飯、
どれもおいしいと言って よく食べた。

例によって写真はありません。悪しからず。



午後には大阪の海遊館に行く予定にしていたので
午前中は、軽く流して 街ブラして京スウィーツでも堪能…
と思っていたが、いつもはめんどくさがりで出不精のやんちゃぁから
まだもう一つパビリオン(寺)をまわろうという提案があったので
よろこんで それに乗った。

いくつかの候補の中から、またもや王道の清水寺を選んだ。

晴れ・日曜日・世界遺産
三点そろって、この清水寺へ着くまでの道のりは長かった。
何せ人が多い!車も多い!
バスの中からチラリと見えた三十三間堂美術館の
入館待ち時間は60分!!

やっと着いた最寄りのバス停で、ごっそりと乗客は降り、
ぞろぞろと坂を登っていく。
solaちゃんは、前日の歩きのせいで、さらに足が悪化して、
私が脇を支えながら歩いた。

清水寺は、入り口からそこかしこに撮影ポイントがある。
そして見どころ満載。
時間がないので、さっさと。

071027_13.jpg

やんちゃぁから珍しく、家族写真を撮ろうと提案があったのだけど、
撮ってくれた同世代らしき女の人は下手だった。
地面を半分入れてくれて。
でも、撮り直すのも めんどうなくらい人がウジャウジャで、
別ポイントに賭けることにした。

071027_14.jpg

弁慶さんの持ち歩いた鉄の棒(?)と鉄下駄をsolaちゃん持ち上げるの図。
意味はわからずとも、体験展示は子供にとって楽しいポイント。

このあと、ご本尊に向かうと、「胎内くぐり」という看板が目に入った。
普段、御本尊の菩薩様は一般公開されてないのだけど、
本堂の地下に通路を巡らし、御本尊の真下にある「ハラ」という
梵字が書かれた石に触れる事により、諸願成就を願う、
というのが「胎内くぐり」の趣旨らしい。

清水寺へ何度も来たことあったが、そんなの見たこともなかった。
調べてみると2000年に行われるようになったんだとか。

菩薩様の暗い胎内を通って再び明るい下界へ出ると
自己の解脱・再生となるのだそう。

難しいことは置いといても、なんかおもしろそう…。

真っ暗闇はsolaちゃんが嫌がるかなと思ったが、
仏様のお腹の中を通って、solaちゃん産まれてくるんよ、
という説明ですっかりsolaちゃんの赤ちゃん願望欲を刺激され、
「入りたい!」というわけで 入った。

真っ暗闇の中、手すり代わりの数珠を左手で確かめながら
それだけを頼りに五感をとぎすませながら前へ進む。

本当にまっっっっっっっっっっっっっくらで、
初めて歩く場所が真っ暗って、こんなにも怖いことなの?!というくらい
メチャクチャおそるおそる歩いた私。
怖がるかと思っていたsolaちゃんは、父上のやんちゃぁと一緒に
楽しくすっすと進んでいく。

まだまだ暗順応に目がなっていない状態で、
菩薩様の下と思われるところに うすぼんやりとした明かりと石が見える。
それを触って祈ると願いが叶うらしいんだけど、
それは、出た後で説明を読んだので、お願い事してなかった!

で、結局、目が暗闇に慣れる前に、次第に外の明かりが見えて、
出口に到達する。
40m弱の「胎内くぐり」としては短い距離らしいんだけど、
この短い時間の間でも、不安と恐怖、安堵・安らぎと希望、
そして再生まで感じられて1人100円は安い!

solaちゃんは、なんかのアトラクションと思ったらしく、
もう一回、もう一回とせがんだが、
「何回も何回も、そんなパーパー産まれ変わったらいかん!」
「新しいsolaちゃんになったんだから、これで頑張って生きろ」と諭して
やっと清水の舞台へ向かった。

071027_15.jpg

あ〜〜〜〜。
やっぱすごいね〜〜。
言葉での説明は要るまい。

071027_16.jpg

何度見ても感動する。

足痛いのに頑張って歩いたsolaちゃんのために、
清水寺を見て終わるとまた、団子屋でみたらし団子を食べる。
昼にさしかかっていてお腹もすいていたので、うどんもとる。
すると、一番うどんを食べたのはsolaちゃんだった。

アッという間に一人前を平らげて、まだもう一杯いる というのを
またもや なだめすかして席をたった。

清水寺へ来ると、帰りは産寧坂(三年坂)、二年坂を通るのは
お決まりでしょう。
通らにゃぁ、気が済まん。

細い路地なのに、人はウジャウジャ。

私が知ってる15年前より、パワーアップして、
より観光客を楽しませてくれる。

生八ッ橋の試食からはじまって、
団子餅、醤油せんべい、仕上げにお茶、と
食べながら坂を下ると、結構お腹は膨らんだ。
お昼はそれで仕上げ。

二年坂の終点に来ると、昨晩に夜の拝観をした高台寺の前へ出た。
またも、ねねの道を歩きながら、昨晩見逃した「石塀小路」の角を見つけ、
雰囲気満点の路地を歩く。


071027_17.jpg

こんなちっちゃい、猫の通り道のような鳥居が
壁に取り付けられてたよ。

071027_18.jpg

やっと、京都巡りを終え、大阪に向かうため
再び京都駅に戻ったのはもう午後3時をまわっていた。

大阪までは電車で40分前後かかって500円ちょい。
新幹線だと10分少々で1300円ほど。

少しでも早く海遊館に着くために、後者を選んだ。
新幹線初体験のsolaちゃんは、早い電車と聞いて大はしゃぎ。
あっとという間過ぎて、速さの実感は体感できてないと思われるが、
新幹線に乗った、という事実だけで満足してた。

大阪からも、電車を乗り継ぎようやく海遊館に着いたときは
あたりはもう、暗くなりかけていた。

先に腹ごしらえをしてから、海遊館を目指す。

ジンベエザメとイルカのイルミネーション。

071027_19.jpg

海遊館、予想以上に良かった〜〜。
夕方の入りで、人が少なかったのも私にとっては好都合。

魚たちだけじゃなくて、カワウソやペンギン、
ナマケモノやフラミンゴもいたよ。
そう、陸上の生き物を見つつ、だんだんと深い海へ進んでいくつくりで、
イルカやアシカなんかは、水上と7,8mの深さを行ったり来たりして
泳ぎ回る。

水槽に張り付くエイ。
えらが、顔みたいで、solaちゃんはしきりにかわいい!と気に入った。

071027_20.jpg

エイばっかり撮っちゃったけど、
マンタもいたよ。
なが〜〜い尻尾をユラ〜〜リと揺らしながら
うす〜〜い体をフワリ泳がせてるのを見るだけで癒される…♪

071027_21.jpg

出た!海遊館の売り!ジンベエザメ!

071027_22.jpg

1時間ではまだ見たりないくらいだった。

閉店間近のおみやげ屋さんで、solaちゃんのお友達のおみやげを買うために
私とsolaちゃん必死。
solaちゃんのカワユサ心を揺さぶる小物がたくさんあって、
自分へのおみやげをなかなか決められないsolaちゃんだった。

でも、ペンギンの赤ちゃんのヌイグルミを欲しいという。
いつもの私なら、ヌイグルミはいらん!と一喝して終わるのだが、
足が痛いのに引きずりながら頑張った、という「頑張ったで賞」として
買ってやると、もう大喜び。
買ったかいが あるというものよ。

071027_23.jpg

クリスマスのイルミネーションがもう!

071027_24.jpg

帰りは船にして大正解だった。

あの、行きのバスを体験した後だけに、
この寝台の船のすばらしさを再認識したよ。

出港30分以上前には乗船できた。
solaちゃんと私は上下の二段ベッドの寝台で、
二段ベッドに物心着いて初めて寝るsolaちゃんは、とにかく大喜び。
自宅にも二段ベッドを買えと言ってくる。

お風呂もよかった。ゆっくりと汗を流せた。

solaちゃんを寝かせた後、ちょっと甲板に出てみることにした。
すると、ちょうどタイミング良く、明石大橋の下をくぐるところだった。
素敵なライトアップと神戸の夜景!!

閉店後のレストランへ向かい、京都のパンフレットぱらぱらめくりながら
お茶でくつろぎ、心を落ち着けてからベッドに向かった。

朝は、普段私が起きる時間と同じくらいには目が覚め、
ゆっくりと支度して綺麗な洗面所で化粧もして、
港へ着くと、いっそう足のひきずりがひどくなったsolaちゃんと
ゆっくりと下船。
タクシーで家に帰ると、solaちゃんの登校時間の20分前。

慌てればそのまま 集合に間に合わないことはないが、
朝ご飯も食べてなかったし、この疲れた状態であの足のコンディションで
学校まで歩かせるのは気の毒になって、少しゆっくりしてから
私が自転車で連れてった。

そこからはいつもの日常がはじまる。

弾丸1泊3日ツアーだけど、とても充実して楽しい旅だった。





あれから京都のガイドブックをまたもや眺めていると、
今度は行ったことのないところで行きたいところをたくさん見つけた。
行きたいな〜〜〜。




posted by ギャロパン at 01:28| 愛媛 | Comment(9) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月05日

京都旅行 その5

一体いつまで続くんだ?
この京都旅行日記。

もっと淡泊にすんなり話したかったのに、
ついつい話が横道反れて
ネチコク話が伸びています。
ついてきてください。



さて、
やっとチェックインをして部屋に落ち着くと夕方5時過ぎ。
やんちゃぁは6時からのガンダムを見たいというので
6時半まではゆっくり過ごした。

夕飯は、近くに新京極でも先斗町(ぽんとちょう)でも
行くかぁとうっすらと思っていたら、
昼過ぎ、やんちゃぁが ふと、「ウナギが食べたい…」
とつぶやいたのを聞いて、しめた!と思った。

もう、15年以上前、兄が京都に住んでいた頃、
やはり大学生だった私が京都へ遊びに行き、連れていってもらったウナギ屋さん。
何が印象深かったか、って しぶ〜〜〜い店構えと
ウナギ丼の上に乗った油揚げ3枚重ね×2 って感じの厚焼き卵。
ダシの利いたふわっふわの厚焼き。

それをもう一度食べたくて、もし、やんちゃぁが その気だったら
提案してみようと思っていたウナギ屋、『京極かねよ』。

しかし なんでかな〜〜〜。
あの渋い店構えも、出てきた厚焼きウナギ丼三つの写真を
なぜ撮らなかったか、私!!
この旅、食べ物という食べ物、写真を全て撮っていません!!
忘れるのと、目の前に食べ物が来ると、
もう、食べたくて食べたくて…それどころではない、って・・・。

solaちゃんには お子さま丼だったけど、
私たち大人が取った きんし丼とあまり変わらない量のウナギと厚焼き
だったけど、1人で全部平らげた。

お腹いっぱいになって向かう夜の拝観に選んだのは、
『高台寺』(こうだいじ)通称、ねねの寺。
ちょうど、私たちの行った日から、
夜の拝観が始まったお寺が2,3あったけど、
ガイドブックを見て選んだその深い理由はない。
なんとなく。
「ねね」とか「癒し」とかのキーワードに惹かれて。


夜のお寺ってどうかなぁ…solaちゃん怖がるかなぁ…と思ったり、
素敵なライトアップでロマンチックかなぁとか想像していたけど、
夜でもやはり人は多くて、怖い感じはなかった。

071027_8.jpg
(これは、八坂の塔)

照明も想像するほどこうこうとしてなくて、
目を凝らしながら暗い中、ほんのりと見える建物を見る、
という方が多かった。

そんな中でも、長い渡り廊下の屋根が竜の背中のように
うねりながら規則正しく瓦が並べられてるのを見ると、
なんだか女性らしい繊細さを感じた。

メイン(?)の建物に入ってすぐ、またもや白砂を敷き詰めた
枯山水の庭が開けるのだが、そこは現代のアーティストとのコラボか?
庭に向かって意味不明な映像が映し出されていた。

071027_9.jpg

現代アートとして作ったフィルムを庭に向けて映し出してるんだけど、
現代アートは意味のわからないことが多いし、
厳かな雰囲気に浸りたかった私としては、チカチカしたり
人が出てきて踊ったりするような映像はいらなかったぞ。

071027_10.jpg

私の感動ポイントはこの長い渡り廊下。

071027_11.jpg

ねねの眠る「霊屋」に置かれている
秀吉とねねの木造は、目が妙にリアルで、また、そこの空気も
緊張感あったためか、ねねを見ると、完璧に目が合うように見える。
視線をよけても、自分を見ているような気がした。

solaちゃんをビビらせようと思って「solaちゃんのこと見よるよ!」と
言うと、平気な顔を作っていたつもりでも 
solaちゃんがたじろいでいたのは見逃さなかった。

あとは、暗いや竹やぶを通って帰るのだが、
竹やぶの中に設けられたスポットライトがまるで、
かぐや姫の発見現場のように思えて、
「かぐや姫おるよ!」とsolaちゃんに言うと、
「どこどこ?!!」「どれ?!」と予想以上に食いついてきた。

一通り見終わって入り口に戻ると、
またもや紅もうせんの茶屋があって、
そこでやっとこさ、ソフトクリームを発見。(当然solaちゃんが)
祇園から希望のスウィーツにありつけなかったリベンジをここで果たせた。

071027_112.jpg

高台寺を出て「ねねの道」なるものを下っていくと、
八坂神社に行き当たり、お参りをした。

071027_12.jpg

それからボチボチと再び祇園を歩き、バス停へ戻ると9時半過ぎ。
ホテル行きの最終が出た後だったので、solaちゃんの足のこともあるし、
タクシーで帰った。ワンメーターだったけど。



本能寺会館は、個室にシャワーがついてなくて、大浴場があった。
それはいいんだけど、時間が10時半を過ぎていたからか?
それとも、ちびっ子の団体がいたからか?
お風呂の湯船は残念ながらあまりキレイではなかった。

しかも、大浴場が地下1階にあって、部屋は6階のため、
お風呂から出てスッピンほてほての、頭タオル巻き
ズダラ浴衣着状態で、どうしても一度、フロントの1階に泊まってしまう。

私たちが高台寺から帰ってきて部屋に帰ろうとエレベーターに
乗るときも、確かにおじさんがラフな浴衣姿でお風呂の道具を抱えて
乗っていたところに同乗してしまい、気まずかったのを思い出した。

で、私のその醜い姿を、夜の街から帰ってきた若者のカップル二組に
さらけ出すことになってしまった。
フロントから外の出口までの距離もそんなにないので、
下手したら道行く人たちにも見られたかも。
あ〜〜〜。
まだ恥じらいは捨ててない微妙な年頃なのに…。

やっとの思いで歯磨きをして、
グッタリと横になると、即 爆睡だった。


posted by ギャロパン at 00:34| 愛媛 ☁| Comment(2) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月04日

京都旅行 その4

金閣寺を出て、祇園に向かった。

金閣寺からバスで30分以上はかかっただろうか。
人は相変わらず多い。
運良く座れたけど、すぐに老夫婦が乗ってきたので
solaちゃんをそのままに、席を譲った。

solaちゃんは前日も夜行バスだったし、
朝からホテル−竜安寺−金閣寺 で、既にかなりの距離を歩いていた。
実は、旅行に行く数日前に学校で足をくじくアクシデントがあり、
骨には異常なかったけど、足を引きずって歩いていた。
それで疲れが出たのだろう。
席を譲ったおばあさんの肩を借りて、すぐに爆睡だ。

私はというと、ここんとこ旅行というと乗り物酔いでゲロゲロ…
というパターンだったのだが、昨晩の夜に酔い止めを飲んで
翌日の昼近くまで効いていたみたいで、午前中はしばらく
眠くて眠くて目を開けるのもしんどいくらいだった。

そう、酔い止めを飲むと、私の場合効きすぎて、日常生活が困難になるのだ。
それもあって、酔い止めを飲むのは控えていたのだ。
薬の効き目が切れる昼頃、次の酔い止めを飲むかどうか迷ったが、
体調はよかったし、まぶたを開けるのもしんどいくらい眠いのも
これまたしんどい。
ということで、飲まずに過ごしていた。

人混み、バス、交通渋滞、暑さ。
この要素が一つ、二つそろっていると必ずと言っていいほど
酔って気分が悪くなり、ひどいときは吐くほどになるのだが、
今回の旅は、この要素が全てそろっていても全然乗り物に酔わなかった。

京都の町をバスの中から眺めるのは楽しかった。
高速バスで京都駅に着く頃、カーテンを開けると 東寺(とうじ)が見えて、
五重塔が厳かに朝の空気にさらされているのを見ると、
なんだか身震いするように感激した。
そんな感じで道沿いに寺院が見えたり、素敵な川沿いが目にはいると
京都市にパビリオンが点在する大規模テーマパークのようでウキウキする。
その気分のおかげかな、酔わなかったのは。

30分以上おばあさんの肩を借りて寝たsolaちゃん、
実は、次の目的の祇園は、solaちゃんの目的であったため、
近づくとパキンと目を覚ました。

この京都の旅に来る直前の「まるまるちびまる子」
(まる子のドラマバージョン)で、ゲームに勝ったまる子が食べていたもの。
京スウィーツ、マロンパフェ。
これをテレビで見たsolaちゃんが、どうしても食べたい!!!と熱望し、
そのお店が祇園にあったのだ。
確かに、とてもおいしそうだった。
生クリームは比較的少なく、マロンの薄茶色のクリームと
マロンのカステラ、そしてバニラとマロンのアイスクリームを積み重ね、
本当に まる子がおいしそうに食べていた。
もう数日後には京都に行く、という日だったので、
solaちゃんは、そこに絶対に行きたい!!と言うので、
まあ祇園なら私も行きたいし、行こう、ということで祇園の街へ降りた。

足もかなり痛みが出てきて、引きずり方が激しくなっていたのだが、
パフェを食べられる!という気力でまたもや頑張って歩いたsolaちゃんだった。


が・・・




お店へ着くと、店の前は大行列。
テレビの影響はすごい。
店構えは至って普通。
特に小洒落た感じもない。
かといって、古い建物を利用して…という感じでもなかった。
どうしても並んで入りたい、という雰囲気ではない。
いや、並んだところで、いつ入れるのやら。
入れたところで、急いで食べて出ないと待ってる人たちに申し訳ない感じ。

甘味どころで京都の来ている実感を味わいながらゆっくり休みたい、という
私の欲求は満たしてくれそうになかった。

solaちゃんはその行列に並ぶと言って聞かなかったけど、
行列嫌いのやんちゃぁと私の説得により、
違う場所でその欲求を満たすことにした。

いわゆる、祇園らしい花見小路通りを歩くと何か京都らしい
洒落たカフェがあるだろうと ぶらぶらするが、時間もいい時間で
どこも人がいっぱいだった。
だんだん機嫌が悪くなり、歩く力も出てこないsolaちゃん。

ということで、やんちゃぁが以前、1人で入ったという
鼓月の喫茶ルームへ行った。
やんちゃぁは和菓子とお抹茶のセット、私は抹茶フロート。
solaちゃんはこのとき、ソフトクリームを所望しており、
残念ながらソフトクリームは置いてなかったので
私とやんちゃぁから少しずつ分けて食べた。
そしてまたもや写真を撮り忘れてしまった。不覚。

本当は祇園をもっとゆっくり見たかったけど、
solaちゃんの不機嫌がピークに達し、
ソフトクリームはホテルのロビーにあった、という
solaちゃんの欲求を満たすべく、ホテルに戻った。
よーじ屋なんて、私が京都へ行っていた15年くらい前は
地味なお店で知る人ぞ知る、というお店だったのに、
今では市内のあちこちにお店があって、よーじ屋祇園店なんて、
人があふれかえって店に入るのも大変、という感じだった。
それを横目に見ながら素通りして バスでホテルへ戻った。

京都観光はバス様サマだ。
バスのルートが網の目のように組まれ、一見複雑なようでも
見方さえ覚えれば、バスは使い勝手がよい。
そして、市バスの新しいのは、バス停に着くと
車体がシューっと音を立てて左側に傾き、
バスを乗り降りする人たちが乗りやすい低いステップになる。
で、ドアが閉じるとまた車体は元に戻り走り出す。
アイドリングストップも徹底していて、ちょっとした信号待ちも全て
エンジンを切っている。
ほとんどの観光客はバスルートのパンフレットを片手に街を歩いている。


で、本能寺会館へもどり、1Fにあったカフェコーナーを見ると、
solaちゃんの言うとおり、ソフトクリームの看板が出ていた。
相変わらずめざとい奴め。
朝、目に入っていたのを覚えていたんだな…。
しかし残念ながら、ダッチコーヒーのソフトクリームだったので
バニラの普通のが食べたかったsolaちゃんは食べるのを断念した。

チェックインをして部屋に入ると、生八ッ橋があったので、
それそsolaちゃんが平らげた。

やんちゃぁが前日の夜、ニュースで夜の拝観が始まった、
と見ていたため、夜の拝観が出きるお寺をフロントの人に聞くと、
いくつかあった。

夜ご飯は近くの店で食べて夜の拝観に出かけることにした。


つづく…・・・
posted by ギャロパン at 09:41| 愛媛 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月03日

京都旅行 金閣寺編(その3)

竜安寺から金閣寺まではバスで3駅ほど。

竜安寺に行く前に金閣寺の横を通ったとき既に、
人があふれかえっていた。
相当な人が予想される。

団子とくず餅で腹ごしらえをしたものの、
逆にそれで胃が活性化されたのか、
solaちゃんがお腹が空いたとぐずってきた。

眠いときとお腹が空いたときのsolaちゃんのグズりようといったら、
なんとも めんどいことは明らかである。

というわけで、バスに乗っているときに金閣寺近くに見えたラーメン屋さんへ急きょ入ることにした。

ホントは、金閣寺周辺をぶらぶらして京都でも最も古い花街、上七軒(かみしちけん)から西陣あたりの どっか感じのいい町屋を改装したようなカフェか食べ物屋さんで食べたいなぁ とは思っていたけど、
(これもガイドブックを見ての妄想のたまものです)
霧雨のような雨が降ったり止んだりしてるし、
地図で見て近くのようでも結構距離があったりするもんで、
バス停からすぐ近くにあったラーメン屋さんに入ることにした。

時間も12時過ぎで席数も20弱ほどしかないので満席だったのだが、
よく見ると、みんなが待っている。
どうやら、10人ちょいの団体が一気に入ったらしい。
どっかに移動するよりは待とう、と決めたものの、
ラーメンの汁のいい匂いの中、お預け状態で
お店の中でぼーっと待つのは、solaちゃんにとっては我慢の限界だった。
周りの人にも聞こえるくらいの大きい声でグズグズしだした。

でも周りの人たちの会話をよく聞くと団体は、中国人だった。
言ってることはわかんないけど、なんだか「うまい、うまい。」と
言ってるようだった。

もちろん、たちこめる匂いも いい匂いなのだけど、
中国人がうまい というものに間違いは無いような気がして
期待が高まった。

京都の外国人観光者率はすごい。
例えばふと立ち止まって周囲10人の中に、少なくとも2人、
多いときは全てが外国人、という感じで、
ここんとこ英語ミーティングで外国人免疫のついてきた私は、
しゃべりたいなぁと思ったが、しゃべりかける勇気はない。
かといって、ここ京都では、何かを聞かれても、答えられないことの方が多い。
みなさんもしっかりガイドブック持ってるし、私の知ってることでは
助けにならない感じ。

でも、バスの中で、もう70も過ぎたであろう男性が、
すぐ隣りに立った白人の外人に手慣れたように話しかけた。

(以下、会話は全て英語で)
「どこから来たの?」
「イタリアよ」
「えーー!すごい遠いところから、ようこそ京都へ!」
「楽しい旅行を!」

てな感じで。
身振り手振りも大げさに、発声は腹から って感じで
決して きれいな発音ではなかったけど、堂々としてた。

話は反れたが、
やっとラーメンができた。
中国人軍団が一気に引き払い、店は一気にガランとなった。

うまい!!
かなりうまい!!

それまで、無口で頑固なのかなぁと思っていた
大将が、ふいに「長い間待たせてごめんな!」って
優しく声かけてくれた。

そこから話に花が咲き、
大将は息子さんが二人いるらしいけど、
もし女の子だったら よう単身赴任はせん、と言っていた。
一応、やんちゃぁも合わせて「そうですねー、寂しいですねー。」
と言っていたが、
意外にこの頻繁な転勤を一番楽しんでいるのは やんちゃぁであることを
私は知っている。

で、関ジャニに息子さんが入ってて、「OSSaN」(オッサン)という
グループで活動してるんだって。
たしか『KAZE』という名前のラーメン屋さんだったかな。
立命館大学の近くなので、学生の常連さんが多そうだった。

まあとにかく、おいしいラーメンで満足した私たちは
元気な足取りで金閣寺へ入った。

金閣寺は、お札の入場チケットを買うとお庭に入ってすぐ、
あの黄金に輝く建物がパッと目に入り、
その勢いというか視覚に圧倒されて、つい「お〜〜〜!」と
声が出た。

金閣寺のシャッターポイントが そこにあるらしく、
人がウジャウジャ、あのよく見る池越しに見る金閣寺をバックに
写真を撮っていた。

そのエリアの人の多さに圧倒され、
私たちはスルーして少し過ぎたところで写真を撮った。

071027_7.jpg
これは奇跡的に人がとぎれたところを 撮ったもの。

入ってすぐ金閣寺の黄金を見て、そこから広いお庭を一周するのだが、
最後のおみやげ屋さんまで行って出口の看板が見えたところで
金閣寺をバックに家族で写真を撮ろう、ということになって、
来た道を帰ろうとした。
が、ここは通路が一方通行で、逆戻りはできない。
もう一度お札を見せたら 入れてもらえる、と聞いて、
再び入り口へ向かった。

人にお願いして写真を撮ってもらい、確認もそこそこに、
今度は入り口の方へ逆行して帰った。
本当はダメなんだけど、入り口付近に金閣寺シャッターポイントがあるので
そこからまた広いお庭を一周するのはしんどくて、
やってしまいました。ごめんなさい。

そうしてやっと撮った写真をゆっくりとチェックすると、
solaちゃんの目が半目だった…。
よかったら年賀状にでも使おうかと思ったのに。

ここでもやんちゃぁは、solaちゃんに、
「あの金色のおうちは、一休さんをいじめる 意地悪な将軍様が
住んどったんよ。」
と、何度も何度も吹聴していた。

結果、「一休さん」と「意地悪な」というキーワードが
solaちゃんの頭に残り、後でやんちゃぁがテストするように
「誰が住んどった?」と聞くと
「意地悪な一休さん」などとトンチンカンな答え方をして、
やんちゃぁの努力も水の泡。

金閣寺では、一つ狙っていたものがあった。
風水のお守り。
正八角形でデザインがかわいい開運のお守り。
やんちゃぁと私に一つずつ、
solaちゃんには小さくてかわいいピンクのお守りを買った。

しかし、残念なことに一休さんの絵馬を見忘れた。
さっき、ガイドブックをパラリとめくると小さく記事があった。
金閣寺のページは読み込んでなかった…。


さて次は、もう一つの目的のため、祇園へ…。



つづく…



posted by ギャロパン at 01:07| 愛媛 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月02日

京都旅行 その2

京都に来て、行くところを唯一決めていた場所がある。

私は、京都は何度も来てるけど、やんちゃぁは観光で来たことは
ほとんどないので、やんちゃぁが行きたいところをリクエストしてもらった。
それが、竜安寺(りょうあんじ)だ。

白い砂を海に見立て、岩を島に見立て、
美しい模様を白い砂に描いている…といえば分かるだろう。

071027_2.jpg

専門的な解説は、一般のガイドブックに任せるとして、
なぜ やんちゃぁが ここを見たかったのか、というと、

「前人類からのメッセージがここに隠されているから。」


・・・らしい。

ここで念を押しておくが、「人類」ではない。
人類」なのだ。

彼曰く、
「現代の人類は、人類の歴史において、3回目4回目の人類なんぞ。
 滅亡しては また人類ができて、今の人類の前は、実は三つ目やったんよ。
その三つ目人類が未来に残したメッセージが、この竜安寺の砂の模様に隠されとんよ。」

大まじめです。

これを、一所懸命、solaちゃんに説明していた。

その1にも書いてたけど、やんちゃぁは、古代文明とか、
秘宝の謎とか、世界の七不思議や古代メッセージとか、
そういう分野が大好きなんっす。
その男のロマンを壊してはいけないので、
私は真剣にやんちゃぁの話に耳を傾け、
「ほ〜〜。」と感嘆の声をあげた。



京都は今まさに、観光シーズンで、
とにかくどこに行っても観光客がすし詰め状態。
なかでも修学旅行生がやたら目に付く。

ほぼ、5,6人のグループが自由に行動している。
小学生なんかは、タクシーを借り切って、
その運ちゃんが運転手兼ガイドも務め、
一緒にまわって いろいろ詳しく説明してくれている。
京都では、タクシー運ちゃんも観光名所の勉強は欠かせない。
小学生にも分かるように話してくれるので、
ちらりと盗み聞きすると 見逃しそうなことを気づかせてくれるし、
いろんな意味がよくわかる。

しかし、やんちゃぁ説を唱えている人は、残念ながらいなかった。

とにかく本当に人が多くて、
その白砂の芸術をゆっくりと眺めようとしても、
25mもある その庭に沿った廊下には、座る余地もないくらい
人が座って眺めている。

しかし、ふと見上げると、軒天井と緑のコントラストが美しい。
思わずシャッターを切る。

071027_4.jpg

あまりゆっくりしていても、次から次へと人が押し掛けるし、
solaちゃんも飽きてくるので、早々に白砂の庭を後にした。
お堂を出ると、鏡容池(きょうようち)という池の周りに
回廊・庭園が広がる。

この日はあいにくの小雨の天気だったが、
逆にかえってその方が、しっとりとした京都に合うようで、
マイナスイオンたっぷりの遊歩道を歩くと
ホント心まで洗われるようだ。
人が歩く幅の道以外はだいたいどこも深い苔に覆われており、
フカフカのカーペットのようだ。

071027_3.jpg


071027_5.jpg

思わず撮った、苔のアップ。

071027_6.jpg


私の癒しを感じる感動や、やんちゃぁの計り知れない深い思いとは
裏腹に、solaちゃんの興味は団子だった。

寺に入る前の参道で、団子茶屋があったのをめざとく見つけており、
しかも、みたらし団子大好きのsolaちゃんが、ねだらないわけがない。
お庭を見る前から 団子、団子とうるさかったのだが、
見終わってからね、と約束していたので、足早に素敵な遊歩道を通り抜け、
さっと団子屋へ向かうのであった。

11時過ぎで、ちょうど小腹も空いてきたため、
私もやんちゃぁも一緒に団子とくず餅を食べた。

残念ながら、ほとんど食べ終わってから、写真を取り忘れたことに気づいたのだ。

みたらし団子は、炭火であぶっており、ほんのりと ついた焦げ目が
なんとも香ばしく、セットで取ったお抹茶も世界遺産のお庭で頂くと
浄化効果抜群である。


で、最大の目的を果たした私たちは、次の行き先を考えていなかった。

が、地図で見ると、金閣寺が近いし、とりあえず行っとこう、
ということで、京都名所の王道を巡ることにした。

個人的に言うと、金閣寺は私の趣味ではない。
やんちゃぁも、そんなに好きではないらしい。
でも、やんちゃぁは実物を見たことないし、
わかりやすいものはsolaちゃんが見ると喜ぶかも…ということで決めた。




つづく・・・・

posted by ギャロパン at 00:29| 愛媛 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月01日

京都旅行 その1

京都旅行の報告をせねばね。
あーーしかし、長くなること必至だな。
書くことがいっぱいあって。

********************

さて、金曜日、仕事から帰るとやっと旅行の準備。
前日にだいたいの洋服だけは決めたけど、
バタバタで準備完了。

夜10時過ぎに家を出て、初の夜行バス体験。

既に寝ていたsolaちゃんを起こしてJRへ向かう。
そのとき私は、酔い止めを慌てて飲んだ。

夜行バスについては、あまりいい話を聞いてはいなかったけど、
松山から京都へ行く手段としては、お手軽ではある。
列車の旅は、私の中では絶対にあり得ないし(酔うから)、
船にしても飛行機にしても、到着する大阪から
いろいろ乗り継いでいかないといけない。

大きな荷物を持って、慣れない駅や改札をsolaちゃんとウロウロするのも
しんどいしね。

10年ちょいほど昔、夜行バスで長野のスキー場へ向かう そのバスは、
普通に遠足で乗るような座席で、前後も狭けりゃ、
横の人とは気をつけないと手が触れ合うほど。
そこで過ごす一晩は、本当に狭くて苦しかった。
その点、今回のJRの高速バスは、1人ずつの3列。
見知らぬ人と密着して隣り同士に座ることはないのはよい点。

トイレがあるとアナウンスしているけど、
どこにあるのか、さっぱりわからなかった。
バスを降りるときになってやっと、バスの中程に
階段を4,5段降りて ひっそりとしたところにあることに気づいた。
緊急の時はいいけど、特に何もなければ、使いたくはない。


solaちゃんは、既に家で2時間爆睡していたこともあり、
バスに乗るやいなや、即、寝付いていた。
私は、後ろに気を遣いながら座席を倒しきれず、
私の乗った場所から、次の停車場所までの15分少々の間に
既に酔いそうだった。

乗ってすぐそんなんで、果たして明日の朝まで
私は無事にバスに乗っていられるのか??と
心配になったが、気分が悪くなる〜〜と思い出す頃ちょうど、
酔い止めが効いてきて、眠りに入れるようになった。

それからは、何度かバスが止まったが、
その度にうっすらと目を覚まし、ごそごそしては
再び眠りについた。

やはり、バスで熟睡はできない。
イスも狭いし、体勢は悪い。
時々手足を動かさないと、エコノミー症候群になりそうだ。
何度も何度も目は覚める。
幸いにも、いびきをかく おっちゃんは、私の席から離れたところだった。

到着予定は7時で、朝の6時過ぎには、solaちゃんも目が覚めた。

カーテンを開けると、見たことのない風景で、テンションがあがってきた。

そしてとうとう、京都駅に到着した。

京都へは、学生時代何度も足を運んだが、当時はまだ京都駅は古かった。
近代的に大きく生まれ変わった駅にビックリだけど、
solaちゃんは、初めて訪れる街、ということに大はしゃぎだった。

早速、京都の駅で顔を洗って化粧を…と思うが、
みんな考える事は同じで、
洗面台が3つくらいしかないところに、15人前後の人が押し掛けて
順番待ち待ちどうにか支度ができた。

あ、ところで、京都駅はトイレットペーパーがない。
個室に入る前にティッシュを自動販売機で買わないといけない。
なんで?経費節減?

のちほど やんちゃぁと合流し朝食を取り、とりあえず荷物を置きに
宿泊する宿へ向かった。
その名も『本能寺会館』。

渋いでしょー。

見るからに、『会館』て感じのところだった。
バアバ情報に因ると、修学旅行生とかがよく泊まるそうな。
しかし、立地はよい。
中京区にあって、繁華街の四条河原町へも、観光スポットの東山へも
サッと行ける場所だ。

じゃらんで予約したときの予約パックに、京都市バス1日乗車券がついていたので 本当は宿泊した翌日にもらえる乗車券を
ムリにお願いしてその日の朝、頂いた。
予定としては、一日目は京都観光をして、二日目はボチボチ大阪へ
行くようにしていたので、1日目に1日乗車券が欲しかったのだ。

『本能寺会館』に来たのだから、当然、『本能寺』は見な、ね。


071027_1.jpg

ここで思い出されるのは…
少し前の『鉄腕ダッシュ』でTOKIOが京都市内で缶蹴りをした際、
本能寺で蹴ったんよなぁ…。

って、やんちゃぁと会話しながら歴史の重さになんて一つも触れてなかった。

しかし、本能寺は(他の神社・仏閣もよくあるけど)何度か焼失をし、
結局は移築されて建てた、ので、
その場所で、はるか昔、織田信長が責められて焼かれたとことは違う。

ちなみに、この、織田信長が焼かれた…というフレーズに
ピクンとするやんちゃぁ。
やんちゃぁは、昔の不思議話や、新解釈とかが好きで、
「本当は織田信長は、本能寺で死んでなくて・・・
という話をしてくれてたのだけど、私の脳は
右から左へ受け流してしまった。


********************

まだ、序章も書き終えてないのに、
長くなるので、ひとまずここで。


posted by ギャロパン at 00:00| 愛媛 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。