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2008年10月29日

う〜みさん

今月の学校参観の日は、小学校創立80周年記念の行事で、
う〜みさんという方が来て記念コンサートをされました。

う〜みさん??

って、誰?

って、全然知らなくて、特に事前に下調べもせずに
勝手なイメージでは、おひげを生やした山男風ながっちりした男性…と思っていたら

なんと登場したのは158cmの小柄な、おめめクリっとした女の子…
女の子というにはちょっと語弊があるかもしれないけど、童顔な顔なので、
きっと実年齢よりは下に見られることの方が多いと思われます。

で、この人は、どういう人かというと、
私たち愛媛に住む者にとっては、地元民放のあいテレビのテーマソングでもある
♪♪ うれしいときも かなしいときも なにはともあれ 愛があればね ♪♪♪
というフレーズを聞くと馴染み深いが、その歌を歌っている人なのだ。

全国的なことで紹介すると、『千と千尋の神隠し』で ♪ラララ〜♪ の挿入歌を
歌っている人である、といえば、少しは馴染みあるかな。



なにせ、その人がsolaちゃんの小学校にやってきて 講演?歌?おしゃべり?を
しに来てくれた。

う〜みさんの基本情報は、ウィキペディアやここで確認できるけど、
今日、私が聞いた話をかいつまんでお話しましょう。

*********************************

う〜みさんは函館出身で、30歳チョイ、大学はバスケの選手の推薦として
大阪の大学に通い、現在は高知県を拠点として全国転々とライブ活動。

身長が158cmという低さにも関わらず、バスケの選手として大阪の大学へ?
そのわけは、ジャンプ力と、走る速さと、ボールの行方を読む力。
北海道から大阪ってえと、これは、かなりの異国感はいなめないでしょう。

一人暮らしをし始めて初めて、ご飯を毎日準備してくれてたお母さんのこととか、
光熱費を払ってやりくりしていた両親のことを思い、感謝の気持ちが芽生える。
(もう、ここで既にウルッと来てました)

で、バスケ推薦で来たのだから当然、バスケ漬けの毎日…
と、ある日、選手同士の衝突により頸椎を損傷するという大けがを見舞い、
バスケの道を断たれる。
バスケどころか、日常の生活もままならなくなり、手に力が入らずコップを持てなかったり、
指が思うようにうごかなかったり、失禁してしまうこともあった。
それは、頭と体の感覚がうまくつながってないためなのだが、消えて無くなりたいと思う中、
ある時 大学の友人に音楽のサークルに誘われる。

その時は、指もうまく動かせない状態だったのに、毎日毎日ピアノで指を動かす練習をし、
1年ほど経ったある時、後輩に「う〜みさんのようになりたい。」と言われる。
一所懸命な姿と笑顔と歌声が素敵と。
その言葉によって、自信を取り戻し、自分は音楽に生きて行くことを心に誓う。
それからオーディションを受け、デモテープを送ったりして宮崎駿さんの目にとまったり、
音楽活動をしていく礎を作っていく。

*************************************


ネット情報によると、もともと音楽的才能はあったらしく、小さい頃から絶対音感をもっていた。
らしい。


ざっとこんな感じだけど、この人は、とにかくお話がうまい。

希望に満ちて、バスケでやっていく!と意気揚々とやってきた遠く離れた地で、
ある瞬間からバッサリと目標を失ってしまうときの心理描写を
本当にうまく話してくれて、それがただ暗いだけの話じゃなくて、
今の明るいう〜みさんの中から生まれてくる そのつらかった時代の話、

その心境を想像するにつけ、本当に泣けて泣けて、でも周りに人はたくさんいたので、
抑え気味に…

その後には学級で懇談会もあることだし、泣いてはいかん…と思いながら聞いてました。

でも、その後に歌ってくれた歌(・・・題名忘れた。今検索しても分かんなかった)を聴くと、
その優しい歌声とともに、歌詞にやられてしまい、もう涙を我慢できなかったよ。

で、今度、11月4日(火)日テレ系『誰も知らない泣ける歌』に、
吉本新喜劇若手座長小籔千豊(こやぶかずとよ)さんが、
2年前に亡くされたお母さんを思って作った詞に う〜みさんが曲をつけた歌
プリン
が放送されます。

これを 聞いてしまった日にゃぁ・・・・

もう、涙がボロボロです。


う〜みさんは、単にニコニコちゃんではありません。
自身がつらい絶望の時を味わい、両親の大切さを心底実感したからこそ
今、その当たり前だけど大事なことを子どもたちに伝えようと、全国各地を回ってるらしいです。



今日は、ナントカ記念コンサートの後の懇談会の司会があるから、
学校行かないとな…と思っていたのに、

コンサートを終えると、ホント、来てよかったなぁ〜〜〜っと心から思いました。

その後、体育館の入口にてCD販売をしていて、う〜みさんがサインもしていたのに、
それに飛びつけなかった悲しい家計事情の私。




そういう記念コンサートの後の学級懇談会って、
わざわざ教室までもどって、そうそうみんな出席しないよな〜〜って
思いながら、私は今回の懇談会の司会進行役だったので気軽な気持ちで臨んだ。

ら、意外にも、(うちのクラスだけ?)14,5人ほど集まり、
ざっくばらんな進行で、打ち解け話も少しはできたかな?


ま、その懇談会はどうでもよくて、
今日はう〜みさんの歌とお話に感動の渦に巻き込まれた私でした。


posted by ギャロパン at 23:43| 愛媛 ☀| Comment(7) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月28日

バザー

先週の土曜日、solaちゃんの小学校のバザーがあった。

去年は、バザーの週末は京都への旅に出かけていたため参加しておらず、
今年初の参加となった。

っつーか、参加というか、学級委員なのでモロお手伝いで参加。

余剰品を1学期からチョロチョロと集めていたものを、
分野によって分類し、テキトーな感覚で値段つけをしたのは2週間前。

平日の午前中にやるから、
「来られる人だけでいいのでお手伝いしてください。」と言われ、
すっかり仕事のない私は、手伝えるときは手伝っておこう、という考えのもと、
値段付けもお手伝いに行きましたよ。

集まったものをジロジロ見ながら、いくらが適当か、なんて話しながら
値段つけていくの、結構楽しかった。

え?!こんなの売っちゃうの?!!もったいない!
ってのもあれば、
これは誰も買わんだろーーーというものもアリ。

でも、誰も買いそうにないものは20円とか、究極5円というのもあった。

対して、自分で、これ欲しいなぁ…と思うものは、自然と少し高めの設定になる。
とはいえ、高いといっても300円とか500円なんだけどね。

スヌーピーのポップトースターの新品があったけど(焼くとスヌーピーの模様が出る)、
欲しい!!!と思ったら、1000円の値が付けられていた。
やはり、みんな欲しいのかな。
1000円は、今の我が家にとってはぜいたく品なので、買わないけど。




…・って、これはまだバザー2週間前の値付けの時の話。

役割分担のため、私は当日のオープンから2時間、余剰品販売のレジ担当となった。

他に、前日準備の人と、当日レジの後半組と、その後の後片付け組。

オープンっつっても、11時なので、そんなに早いわけじゃなくて、
10時半ごろ集合したのでよかったけど、
私が学校に着いた時には、既に体育館入口には長蛇の列。

これ、一気に入ってくるの???

大丈夫かな・・・。私。

まあ、レジと言っても、普通の電卓があるだけで、
2人一組、一人が値段を言いながらお買い上げシールを貼り付け、
一人が同じく値段を言いながら電卓をたたく。
レジの台は、全部で4つある。

毎年、この余剰品販売には、校区内の父兄に限らずポスターを見たあらゆる人が
やっきになって買い物にやってくるのだが、中にはやはり、心ない人がいて、
黙って持って帰る人も毎年いるらしい。
そのほか、悪質な客が極少数ながら出没するので、自分では注意せずに、
担当の部長に言って、男の先生に注意してもらいます、とな。

いろいろ注意事項を聞いてちょっと緊張するが・・・



とうとうオープン!!


と同時に、どどーーーーー!!!!っと駆け込む群衆!!
コワイっ!

よくテレビで見る、正月の初売りの百貨店の福袋を買いに走る人たちの
オープン風景と似ていた。

で、レジに来た人たちは、半分以上が60代以上の女の人たち。

カゴにこんもりと商品を入れて、注意深く間違えないように金額を読み上げ、
電卓も間違えないように気をつけながら何十点もお買い上げ。
だが総金額は2000円ほど。
「えっ!」
なんて、買った張本人が驚いたりしてる。
「安いわい〜〜〜。こりゃもうけた。」って言いながらうれしそうに帰るのを見ると、
ちょっと嬉しかったりする。

で、やはり、掘り出し物を上手に見つけてくる人たちもいる。

電卓たたきながら、
「え!これ100円?!!メチャ安いね!」
なんて、知らない人に声かけたりして。

で、1時間以上も人がひっきりなしに大量の買い物をして行って
やっと人が途切れたら1時間半は経っていた。

その間ずっと中腰。
腰イタ!

お役目を終えた後は、余剰品を見ても、‘兵どもが夢の跡…’で、
いいものは全然なし。

solaちゃんは、自分で持ってきたお小遣いをフルに使って
射的をやりまくっていた。

余剰品にもsolaちゃんの好みそうなヌイグルミや文房具、お菓子なんかもたくさんあったのに、
solaちゃんの興味は射的で、いったい何ゲームしたのか、
3回のうち3回とも箱を倒すともらえる一等賞の商品を、いつの間にか何個もゲットしていた。

他にも、カフェメニューの休憩所や、定番のカレー・うどん・おいなりさん・ホットドッグも販売。
事前にうどん券を購入していたので、それはありつけたものの、当番終わってからは、
当日券は完売で、少しお腹が物足りない感じ。

PTAのそれぞれの部で出すのがほとんどだけど、部活系の同好会が出すブースもあり、
お花や綿菓子、ヨーヨーや果物など、格安で売っていた。

最後には先生たちによる餅まきがあって、
大盛況のもと、お開きとなった。





私、考えてみたら、こういう小学校バザーって初めて経験するかも。

高校や大学の文化祭では、似たようなのやってたけど、
小・中では、PTAや先生がこんなお店出してやるの、
私の通った学校ではやっていなかった。

母が参加しなかっただけ??

いえいえ、学校行事だから、プリントも配るだろうし、友達で行ったら
話題にのぼるだろう。
それが出なかったのだから、なかったはず。

solaちゃんの保育園も、solaちゃんの入る数年前に、
役員の手間ばかりがかかって儲けが少ない、ということでなくなったし、
初めてだったよ〜〜。

みんなやってた???

ちなみに、隣接する中学校や、昔分裂したもう一つの小学校もバザーは
普通にやってるみたい。

でも、私もチラリとかじって思ったけど、
これ、部の部長さんや副部長さんになると、
もーーーーーーっと手間と時間を割かれてホント大変だと思うよ〜。

毎年よくぞ、やってくれてるよ。
ありがたや。

来年は、体操服ねらいで行きたいと思います。
posted by ギャロパン at 23:37| 愛媛 ☀| Comment(8) | TrackBack(0) | 子ども | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月22日

青空自由書道教室

ちょっと変ったおもしろい感性の持ち主の友人が書道教室の先生をしていて、
今日、イベントとして、【誰も何も失敗なしの書道教室】を二ノ丸城跡で行った。

この、二ノ丸城跡ってのがまたいいでしょ。

秋晴れ空高く、最高の青空のもと、書道でっせ。
それだけで興味わくこと間違いなし。

彼女は、もともとは、書道の有段者で、まともな筆づかいの持ち主だけど、
書道ってそんなに固くないよ、誰でも楽しめるよ、って
書道の垣根を低くしてみんなに楽しんでもらいたいという思いで
こういう教室を開いている。

二の丸城跡って、初めて行ってみるのだけど、
平日の昼間でしょ、風光明媚な上に人も少なくて(ほとんどいなくて)
その空間に立ってるだけで心癒される感じ。
水琴掘なんかで癒しの音を聞くと、今私が失業中でやんちゃぁが働かなかった今月を
果たしてどう切り抜くかって心配をしている現実から一瞬でも逃避できる。一瞬ね。

七五三の前撮りや、結婚式の前撮りの人たちがいて、なんとなく気分も晴れやかになってくる。


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この垣根の向こうに藤棚があって、その葉の生い茂る日陰になったところで
そのちいさな書道教室が行われた。

行くと既に準備がされていた。
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雑貨屋さんみたいな素敵なディスプレイでしょ?
これを使って、書道アートなるものをするのかな?って思ったら、
これらはただ単に、秋のイメージを深めるためだけのアイテムだった。

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今日の生徒さんは私を含め、4人。
かしこまらずに、気楽にできるいい感じの人数。

081021_4.jpg
最後の本番用の半紙は、モミジが一緒に透かれた すき和紙。

習字の筆なんて、もう20年以上ぶり。
小学生の頃は習字を習っていたこともあり、嫌いじゃないし、むしろ好き。

本日のお題は「秋」
初めに、筆と半紙の感覚を実際に体験するために、
そして、一本の筆から、どんな線が書けるのか、太いのやら細いのやら、
点やら線やら、クルクルもギザギザも、じゅじゅんだ墨や かすれた墨。
とにかく書く書く書く。

言っておくと、ここで書く書道は、正統派のきれいな文字を書きあげるのが目的ではない。

秋を五感で感じて、それを筆に託して表現する。
もうほとんど、絵だ。

自ら創造するって、もっとも私の不得意とするところだ。
計算・準備の人生だからね、私は。

だから、考えたってしょうがない、とにかく書いてみよう…ということで、
次々お題の「秋」を書いてみる。
慣れないから初めは普通に。

そして、さっき練習した、いろんな線を出しながら自分なりの「秋」を模索して書いていく。

周りのみんなも自分なりの「秋」を模索する中、
ああ、こういう書き方もあるな、
ああいう表現もあるんだ、っていちいち周りに納得しながら
でも、自分は自分で書きたいテイストや、書きたいイメージを試行錯誤で固めていく。
この、こもれび感もいいでしょ。

081021_5.jpg

先生である友人は高校からの最も深い友人の一人で、
私の友達グループの中ではポケキャラ、抜けキャラの持ち主なんだけど、
今日は、全てが余裕で落ち着いて見える。
つい、「先生、私のも見てくださ〜い。」なんて、頼ってしまう。
類まれなる感性の人間なので、「なるほどね〜〜。」という的確なアドバイスをもらえる。

そうして何度も何度も書いてみて、自分の新たな可能性発見したり、
全く変えてみたり元にもどしたり。

でも、屋外で書道なんてしてると、興味を持った人たちがのぞきに来たりして、
書道ならぬアート絵書道の雰囲気をつかみ取ったおじちゃんが、
「崩してオモシロい字を書きたいんなら、そんなん、左で書いたら??」と、
ポンとアドバイスをして去って行った。


これだ!!


もともと、崩したように見える字でも、常に計算をして
考えながら書く性分の私なら、不自由な左手で書けば、
きっと面白い線が出るハズ!!

みんなもそれぞれ自分の字のスタイルを決めて
本番のモミジ半紙に書き込んだ。

モミジがランダムに配置されてるので、それをどう活かすのかも
このアート習字では重要なポイントになってくる。

そうして出来上がったのが、これ。

081021_6.jpg

左下のが私の書いた「秋」です。

みんなは一応ちゃんと、「秋の木の実」とか「秋の風」とか「秋の葉」や「秋の○○」をイメージして
書いてたみたいだけど、私は 墨をにじませたい、ということ以外は、とくに何をイメージしたわけでなく
丸が可愛いから書いてみた、って感じであとはバランス。

こんなんでも、素敵な半紙に書いて額に入れて飾ると
どこの書道家が書いた?みたいな雰囲気になってくる。


軽くお片付けをしてから、お茶と和菓子を頂きながら、おしゃべりにふける。
年代も業種もバラバラの人たち。
081021_7.jpg
そういう人達と話すのも興味深い。

ちょっとした取材用に持って来ていた先生の作品。
すだれのかかった藤棚に、バックが松山城というナイスなシチュエーションに、
とりあえず関係ないのに撮ってみた。
081021_8.jpg

筆に躊躇がないというか、かわいいアート書道でしょ。

月1のペースで、こんな感じの書道教室開いてます。
雨の日は住宅展示場なんかも借りるらしいよ。
次回は11月18日火曜日。
やりたい人はご一報を。


は〜〜素敵な午前の時間を過ごせました。
posted by ギャロパン at 00:17| 愛媛 ☁| Comment(14) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月20日

solaちゃん語録

★ある日の昼下がり、簡単なうどんを作ってsolaちゃんと昼食を取っていた。
solaちゃんは、うどんが大好き。
食卓へ着くなり、「ママ、すみれ!すみれ頂戴!」と言ってくる?
「すみれ??????」
私がわけ分からず首をかしげると、本当にもどかしげに、
「すみれよ!なんで分からんの?!スープ飲むんよ!!」
「あっ!・・・・」

そう、『レンゲ』 のことだった。

春のお花つながりで言葉を覚えていたのね。
うふ♪カワイイ♪





★やんちゃぁが単身赴任から戻って1ヶ月が過ぎようとしている。
職を変えながらも やんちゃぁの単身赴任はなんだかんだと4年くらい続いていた。
久しぶりにずっと家にいる「父上」が やっぱりうれしいsolaちゃん。

やんちゃぁは、自宅にいる時は自分の部屋に引きこもってお布団にくるまって
テレビやビデオや漫画を見たり、懸賞雑誌のロジックを解いている。
自然に、やんちゃぁの部屋が家族のたまり場と化してくる。

ま、私は家のことをいそいそしているので、そうでもないけど、
solaちゃんは、なにかと父上の部屋に入り浸って、
別に話しかけるでもなし、横になってロジックとか解いてるやんちゃぁの上や横に
しな〜〜〜っと寄かかったり、亀の親子みたいに乗っかったりしている。

「重い〜〜」とか言いながらも、やんちゃぁは まんざらでもない感じだ。
寂しい単身赴任生活がよほど身にしみてるのか
「sola、なんでそんなに父上のとこにばっかり来るん?」
なんて、うれしそうに言ってる。
そして、「父上のどこが好きなん?」なんて聞いてる。

不毛だ。
この手の質問は、私も子供の頃によく父にされたが、
子ども心に、父は父だから、そんなにどこが好き、なんて考えながら接してなくて
どうとも答えようがないため、どうしてそんな質問をしてくるのか理解できなかった。
好きやけん、好きなんよ、とか、わからん、とか答えていた。

solaちゃんも、ちょっと答えに困っていて、横で聞いていた私は、
‘おもしろいところ’とか‘くすぐってくれるところ’とか、もしくは‘わからない’と
答えるだろうなぁと予想していた。

が、しばらく考えて、

「顔。」

と、平然と答えた。

いや〜〜〜、顔が好きなのはいいことだけどさ、
solaちゃんらしからぬ、リアルな意見に驚くと同時に爆笑だったよ。
普段から、そういうこまっしゃくれたことを言う子ならまだしも、
まだアンパンマンが大好きな、スカートはきたくない男の子勝りの若干8歳。





★NHKで先週から始まったドラマにハマってます。
筒井康隆 原作の「七瀬ふたたび」
今まで何度かドラマ化されてるよね。
あまりちゃんと見たことなかったけど、こんなに何度もドラマ化されるんだから、
よほど面白いんだろうな、と思って、録画していた。

第一話をsolaちゃんと一緒に見たら、
solaちゃんがメチャクチャはまってしまった。
「超能力」って言葉も知らないし、言えないけど
(『ちょうにょうにょうりょく』と言ってしまう)
簡単に説明してあげるとやたらと興味を示した。

とにかく続きを見たくて、早く木曜日が来てほしい、と毎日言う始末。
で、2回目の放送は、そのままテレビでかじりつき。

1回見たのにも関わらず、毎週予約で録画していたその第二話を、
学校から帰って翌日また見たくなったらしい。

「ママ、あの七不思議のやつ見たい。」

うん、わかったよ。
七瀬の「七」しか合ってなかったけど。

超能力=不思議  

と、インプットされたんだね、solaちゃんの頭の中では。





********************************


ところで、このsolaちゃん語録シリーズ、今までも結構記事にしてたよな〜〜と
記事内検索をすると、ちょうど1年おきくらいに書いてる。
2005年11月13日 2006年10月24日 
この時期は、solaちゃん語録が出やすい時期なのか…。


posted by ギャロパン at 01:06| 愛媛 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | 子ども | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月16日

再就職活動

やんちゃぁの初出勤の日が無事決まりました。
先月の有給消化の日から数えると、あの人は まるまる一ヶ月は
プー生活を満喫したわいな。
奴は奴なりに、気をもんで、いろいろ会社に働きかけたらしいけど、
私から見たら、お気楽な感じよ。いつものことだけど。


さて、私の就職活動状況です。

前の仕事を絶対に次の更新で辞める!と決めたのは4月のことだけど、
辞めるまでにまだ半年もあるから、ネットでハローワークの求人を
チョロチョロ見ては、「まだ先だしなぁ…」って感じで
あんまりやる気は見せてませんでした。

本格的にやろうと思っていのは8月。
周りからお声のかかっていた件もウヤムヤだったし、
いざとなったら 飛び込みで「私を使ってください!」と
言おうかと思ってた。

で、会社側から完全に更新しない旨を告げられたその翌日くらいに、
地元フリーペーパーで見つけた事務職正社員の求人がパッと目に飛び込んできた。

そう、
何年働いても1円も時給の上がらないパートや派遣なんて、
最初はいいけど、だんだんと不満が募ってくるのは、もう、前の職場で経験済み。
そして、どんなに会社に重宝がられても、簡単に切り捨てられるってことも。
solaちゃんも大分しっかりしてきたし、兼ねてから自分の厚生年金を払えるような
正社員の仕事、もちろん、昇給やボーナスも、地味ながらもある仕事に就きたい、と
ずっと気持ちを固めていた。

かつ、今後は車を自由に使えなくなるため(やんちゃぁの会社がバイク通勤を許さないため
遠距離の人は車で通勤するしか方法がない)、自転車で行ける範囲がよい。
自宅から近ければ近いほどよい。
休み時間とかに家に帰って干しかけの布団取り込んだり、
昼の間にスーパーで買い物済ませられたり、
solaちゃんの学校に行く用事ができたとしても、さっと抜けてさっと戻ってこられるような…
そういう近いところが私の理想。

かつ、土曜日はsolaちゃんのお稽古事をたくさん入れてるし、
私自身、完全週休二日制でないと、家のことを両立できないので完全で…。

この条件に合う求人を探そうと思っていた矢先に
ほぼ、条件をクリアする求人を見つけた!!

仕事も縁だと思ってる。
必死になって探しても見つからない時は見つからないし、
縁があれば、ポン!と現われる。
前の職場も、パートバンクに通い始めて1ヶ月もしないうちに見つけて、
インスピレーションでこれだ!!と思ったところに、すぐさま応募し、
縁あって採用されることになった。

だから、この求人も私のためだ!!ってくらいに思い入れて、
早速 履歴書と職務経歴書作って、急いで応募した。
最初は書類審査。
この時点で、37歳のオバチャンは苦しいかな。
2週間以上もヤキモキしたまま、でも、その会社に入社した自分を
イメージしながら、新しい生活のことを考えながら過ごしたりしていた。

でも結果は惨敗。

もちろん、同時進行で、ハローワークは週2くらいのペースで通っていた。
ネットで新しい求人を検索するのも、家での日課となっていた。

そんな中、ひとつ、ものすごく条件に合う、さらにいい物件(?)を見つけた。
絶対にこれだ!と思いつつ、ハローワークに求職の申し込み手続きをした。
その会社は、求人をかけてから1ヶ月経っていたが、
すでに15人くらいが申し込んでまだ採用者未決だった。

これこそ!私を待ってくれてたのね!!
勇んで職務経歴書を更に作りかえ、細心の注意を払って履歴書を作成し、
これまた急いで送った。

…しかし、ここも敢え無く撃沈。

このときは本当に凹んだ。

2回も書類の段階で落とされたなんて、やっぱ年かなぁ…とか思いつつ、
経歴書 書いてて思ったけど、所詮事務職の仕事って、
偉そうに書ける内容がない…というか、事務職なんて入ってから
その会社のやり方に馴染んでいかないといけないから、
そんなに資格とか経歴よりも、性格なんだけどなぁ…って思いながら、
面接に行けなければ、それをアピースする機会もない。
一体私は、何で勝負したらいいんだ???って分からなくなった。

そうこうするうち9月が終わって、
10月からはプーが決定してしまった。

とりあえずハローワークは自宅から近いし、1日を無駄にしないためにも
午前中から出掛けよう…ということで、10時くらいに行くと・・・

まぁーーー人で沸いてる沸いてる。

こんなにみんな仕事探してるんだ〜〜と驚くと同時に、
若くてカワイイ、普通に事務職とか探してそうな子たちもワンサカいたよ。

・・・なんかブルーになった。

私の仕事がなかなか見つかりそうにない気分になってきた。


そこで、方針を変えることにした。

派遣も視野に入れることにした。

派遣でフルタイムで働けば、今まで稼いでいた給料の倍は入る。

万が一、二人目ができても、気兼ねなく辞められる。
(と思って前の会社のパートに入ったけど、気兼ねはあるなぁ…。
思い入れが少ないうちはいいんだけどね。)

残業が比較的少ない。

正社員で仕事を探していると、やはり気になるのは定時の時間と残業時間。
正社員となると、当然、時間になったので帰ります、とは言えない。
いや、性格上も、途中で帰ることをよしとしない。
なら、定時がなるべく早くて、残業も少ないところで探していたが、
上に書いた「近い・完全週休二日」の条件と合わせてそこまでクリアできる求人は、
ほとんどない。

贅沢言いすぎたかなぁ…と弱気になって、それで派遣も視野に入れることにした。

最近の求人は、ハローワークに流している派遣会社の仕事がとても多い。

だが、ハローワークでは、求人している企業の情報をなかなか思うように得られない。

派遣に視野を広げたことで、次になかなかよい、と思う求人を見つけたので
早速応募してみることにした。

しかし、それには、まず派遣会社に登録しないといけない。

派遣は以前もいくつか登録したことあったし、仕事もしていたし、なんとなく
登録にどういうことをするのか知っていた。

はじめに、基本的な派遣のお仕事にの流れや注意事項をビデオで見た後、
日本語の入力テストや、テンキーの入力テスト、
その後簡単な常識問題を受けて、独自の職務経歴書を記入することになる。

その経歴書はとても細かいところまで書くことになっていて、
どういう仕事をしていたか、どういうパソコンでどういうソフトをつかっていたか、
仕事の内容は当てはまるものにチェックを入れるようになっていて、
私は少しでもかじったものは、営業事務だの経理事務だの、伝票作成とか、
わけ分かってなくてもどんどんチェックを入れておいた。

エクセルやワード、アクセスやパワーポイントといったソフトを、どれだけ使いこなせるか、
自己申告だが書くようになっていて、私はアクセスやパワーポイントは触ったこともないのに、
事前にネットでちょっとした知識を入れていたので、「独学で使用」というところにチェックした。

何を隠そう、その派遣に登録したのも、私が応募しようと思っていた会社が、
エクセル・ワード・パワーポイントの使える人、という条件だったからだ。
エクセル使ってるから、どうにか簡単に使いこなせるでしょう、という
解釈で、使えることにしておいた。

しかし、経理事務に関しては、経験と希望職種に丸をしていたため、
特別な別のテストを受けることになった。
「仕訳け」だ。貸方とか借方とか全くチンプンカンプン!

1問も満足に解けずに終わった・・・・・・。
ま、別にしょうがないからいいけど。

で結局 翌々日には、違う人に決まった旨を知らされた。

派遣会社相手だから、ズケズケと聞ける。
なぜその人に決まって、私の何がネックだったかを。
まあ、正直、年のせいだとしても、年齢とは言わないだろうけど。
結論、何人か応募のあった中でその人に決まった理由はスキルだった。
パソコンを取り扱う企業だったので、かなりスキルが必要です、と。

そこで初めて、私はエクセルもワードも独学で、
エクセルはまだ会社で使っていたので、結構使えると思うけど、
ワードに至っては、自宅でも会社でもほとんどつかったことなくて、
細かい技術なんて知らない、という事実に改めて気づいた。

事務で仕事をしようとしているのに、パソコンの資格は一つも持っていない。
使わせたら使える、ということは自分でも自信があるけど、
その前の応募の段階で、履歴書を見たときに何も書けない、というのは
なんかもったいないというか寂しいというか損してるというか。

そこで、職業訓練校のスケジュールを見てみた。

すると、ちょうど私の習いたかった ソフトたちの講義のある講座が
近いうちに開校される予定となっていた。

職業訓練校!!!!


噂にはいつも聞いて知っていた。
知人・友人もたくさん通っている。
そこで使えるようになれば、派遣の経歴書にも、「独学」だけでなく「学校で習った」
というところにもチェックを入れられる。
資格を取っちゃえば万々歳。

私は、もともともらっていた給料が少ないので、失業の給付金も大したことなくて、
それよりさっさと就職したい、と考えていたのだけど、
意外にも、基本賃金が少ない人は基本日額を算定するときも
もともともらっていた日当の80%くらいになるし、
土日も失業日数にカウントされるので、実際にもらえる金額は
それまでにもらっていた給料に近い金額になる。

ということに最近気づいた。



そこで、勇んで訓練校の申し込みをした。
が、誰でもが入れるわけではない。試験がある。

定員が10名の講座の過去10回の応募状況を見ると、
20人から30人の応募があり、だいたい倍率が2.5倍から3倍となっている。

半分以上が落ちるってこと?

一体どんな試験??

一つは、作文。
どうして、その講座を受けたいか。

後は適性検査。

適性検査ってどんなものかというと、
〇の中に点々を書いていってください、とか、同じ図形を選びましょう、とか、
小・中学生でもできるような、教習所の適正検査のような、
事前に勉強してもしょうがない様な試験なのだ。

この結果の上位12名までが合格です、となっ!

え〜〜〜〜〜!!厳しい〜〜〜!!
あんなにみんな、訓練校通っていたのは何??!!
簡単に受かるもんだと思ってた。
適正検査じゃ頑張りようもないし、
私の中では、ほぼ、この講座に通うことに決定していて、
11月から2月の頭までは、学校生活が始まるんだ〜〜と思ってたのにぃ。
もし落ちたら相当ショックやなぁ。


しかし、ある友人情報によると、若い子たちが自己都合で辞めて、
待機期間がまだたっぷりあるような人たちはまず1回目は落とされる、とか。
ネット情報によると、適正検査はほぼ形式上のもので、変な人が入らないため、くらいのもので、
ほとんど、なぜその講座を受けたいかの面接(作文)に因る、らしい、とか。

それなら、私は待機期間は1週間なので、後が少ないし、
受けたい理由は山ほど書ける!
(もともと長文ネチネチ派なのでね)
と、少し光が見えてきたところで、一段落している。


こんな感じ。
posted by ギャロパン at 00:06| 愛媛 ☀| Comment(11) | TrackBack(1) | 愚痴・悩み | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月10日

我ら、プ〜家族!

・・・て、かわいいタイトルついてますが、
私の心の中はモヤモヤいっぱいよ。

そう、我が家は今全員がプーなんです。

平日の昼間っから、家族がそろってるもんだから、
たまに買い物とか行くと、周りから見るとそりゃぁ
「ああ、みんなでお買い物、いいね〜〜。」
なんて言われるけど、内心、
『いえいえ、今みんなプーなんで、そんな優雅なもんじゃないんっすよ。
正直、心中穏やかではありません!!』

って思いながら、何も言わずに笑顔で返しています。


ん???

やんちゃぁの仕事が決まったのでは??

と、私のブログをよく読み込んでくれてる人たちはお思いかもしれませんが、
そう、決まってるんです。
10月1日から次の仕事が決まってるんです。
いや、決まってたハズなんですが・・・・・



9月30日、私が最後の仕事を終えて、感動の余韻に浸りながらお家へ帰り、
「ところで やんちゃぁくん、明日は何時に会社?」と聞くと、
やん:「ん?まだよ。」
私 :「へ?まだって??」

やん:「あっち(会社)の受け入れ準備が整ってないけん、待機中。」
私 :「聞いてないし。」
私 :「ほんで、いつ始まるん?」
やん:「わからん。」

へっ!え〜〜〜〜〜〜っ!!

わたしゃすっかり、私と入れ替わりにやんちゃぁが仕事に出るもんだと思って、
ちょっと専業主婦気分に浸ろうかと思っていたのに、
よいっーー!!あんたもプーかね!

で、二日経ち、三日経ち、いったいいつ会社からお声がかかるのか…。
イライラしながら私は待ってるんですけど、やんちゃぁはのんきなもんで、
毎日グダグダお布団に入ってはテレビ見てます。
なんかチョーーーーーームカつくんですけど。

そりゃ、以前のように、仕事も決まってなくてダラダラされるのとは違うし、
決まってるんだから、仕事を探す、という作業もしなくていいけどさ、
こっちは毎日バタバタと家のことやいろんなことして、
やんちゃぁが一人暮らしから持ち帰った荷物たちを地道にコツコツ解いてってんのにさ!!

・・・もう10日が来ちゃいました。
このまま連休に突入すると、月の半分は働いてないことになるよね。
給料がぁぁぁぁぁぁぁ¥¥¥・・・
生活がぁぁぁぁぁぁぁ¥¥¥・・・

だいたい、会社だってさ、10月1日に入る、ということで合意して
やんちゃぁだって前の会社を辞めてきてるのに、こんなに待たすってどういうこと??
労働基準局に言ったろか?!!

鼻息荒くする私をたしなめるやんちゃぁ…。
くっそーーー。


ん?もしかして、採用本決まりじゃないかって???

そういう恐ろしい想像はしたくないんですけど。

でも一応、身元引受人だとか、事前の健康診断とか、通勤の申請書とか、
その通勤に使用する車の写真やナンバー、任意保険の写しや車検証までそろえ、
住民票だの、持家のローン組んだ証明書とかも準備して、
それで 採用ないことはないやろ???
それこそサギやん??


私の就職活動もままならないのに…。

次回は、私の再就職活動について書きます。
posted by ギャロパン at 10:09| 愛媛 ☀| Comment(8) | TrackBack(0) | 愚痴・悩み | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月08日

祭りだ!わっしょい!

10月7日は松山の地方祭。
子どもの頃からこの日は祭りで休み、とDNAに叩き込まれている。

しかし、高校生以降になると、10月7日になってもお休みになるわけでもなし、
祭りに参加するでもなし、もちろん、見に行くこともしない。
しばらくの間、祭りから遠ざかっていた。

提灯行列に子供みこしに、宮出し宮入と
どっぷりと1日祭りに使っていた自分の子供時代を思うと、
solaちゃんはそのどれも体験していないことが、少し私の中で引っかかっていた。
やはり、体験させてやりたいなぁって。

小学生になって、物心がついてきだして、
親がビッタリくっついてなくても行動できるようになった年頃だし、
地元のお祭りに参加させようと思っていた。

しかし、残念なことに100世帯近くある我がマンションの管理組合は、
地元の町内会に入らない、という判断を下したため、
地元の行事やお祭りなどは、自分から働きかけねば
すっかり蚊帳の外だ。

たまたま夏前に、地元地域と小学校のPTA保護者たちの
情報交換会のような会があったため、お祭りだけでも参加させてもらえないか、
という提案をしてみた。

更にやっかいなことに、我がムスメは本来の校区とは違う お隣校区の学校に通っているため、
本来の町内会とも違う、でも、子供たちの友達や、登校班は密接に関係している
これまた越境の町内会に入れてもらおうとしていた。

まあ、大世帯のマンションのほんの数戸だけを越境の町内会に入れてもらうなんていう
ややこしいことは難しいけど、子供たちが祭りに参加するのは歓迎、と言われたため、
そのための寄付をして、祭りだけの参加をさせてもらうことになった。

7日の祭りに向けて、前々日と前日の提灯行列と、7日当日の子供神輿だ。

3年前にチラリと提灯行列の雰囲気だけ味わうためにちょっと行列の後ろをついて
一瞬歩いたことはあるけど、祭りに丸々参加するのは20年ぶりくらいかもしれない。

法被着て、ろうそくに火をつけた提灯持って「ヤーー、ホイ」って言いながら
町内を練り歩く。
今年は5日は雨だったので歩くのは中止で、お菓子だけ持って帰り、
6日は念願の提灯行列に参加した。
081006.jpg

夜に学校の友達と顔を合わせるってだけでも刺激的なのに、
なんか普段と違う行事が進むことに、solaちゃんもちょっと興奮気味。

私も、普段は話すことのない人たちとおしゃべりしたり、久しぶりの提灯行列の雰囲気に
なんかハイテンションだった。

7日、朝早くに宮出し…かと思いきや、この町内会は、ゆる〜〜く9時半に
こども神輿の出発だった。

子どもの数は、思ったよりも多かったのだが、未就学児が多く、
中学生はお祭り自体に参加する子が少ないため、
実際に神輿を担ぐことのできる子供は小学生ぐらいだ。

そのため、solaちゃんのように元気で神輿担ぐ気満々の子供は、
とても重宝がられる。
もともとの町内会の子供たちは小さい頃から祭りに参加しているので
勝手が分かっているが、solaちゃんと、同じマンションから参加した子たちは
祭りに参加することが初めてなので、縮こまって遠慮するかなぁ・・・・・と思いきや、

すっかり神輿の先頭を陣取って、意気揚々と神輿を担いでいた。
081007_1.jpg

081007_2.jpg
神輿の前半分を担いでいる女の子4人はみんな、
同じ小学校の2年生。
こういうとき、女の子はチャンチャンとやるね。
後ろは、これまた2年生の男の子がメインで担ぎ、
ほぼその2年生集団で神輿を担いでいた。

狭い町内会を縦横無尽にウロチョロと神輿を担いでまわって、
役員の人や、親たちは、後ろからゾロゾロとついていく。
私も、小学校のPTA仲間や顔見知りがいるもんだから、
次々話題は欠くことなくおしゃべりしながら、子どもたちを見守りながら
一緒について回った。


私の子供の頃の提灯行列や神輿は、ただ練り歩くだけで、
たまに新築のお家があって、事前に神輿を入れて欲しいと頼まれたときだけ
玄関先に入って神主さんが祝詞をあげ、お祝儀をいただいていた。
…と思うのだけど、今回のこの地区は、提灯行列や神輿は、特にアポもなく
町内のお店や個人のお宅を突撃訪問し、訪問された方ももう分かってるといった感じで
お祝儀やお菓子を用意しており、3日間、徴収しまくっていた。

方式としては、ハロウィンの子供たちがお宅訪問をして「trick or treat (いたずらか ほどこしか)
(=お菓子をくれないといたずらするぞ)」というのに似ている。


狭い町内会なので何度も地区を行き来するが、午後2時前には神輿も解散となった。

小さい子供たちは午後からはほとんど睡魔に襲われていて、抱っこする親たちは大変だったし、
一番の神輿のかき手となる小学生も、流石に朝からずっと担いでいると疲れてくるし、
ついていく親(私)も、ハード過ぎず、ちょうどよかった。

午後になると、早朝に激しい神輿かつぎをしてきた大人の神輿たちが
チラホラと現われて、その勢いに圧倒されつつ、拍手を送りながら見た。



しかし、この1日が送れたのも、私の仕事がなかったからだ。
いつも仕事をしているお母さんは仕事に行ってる人がほとんどだったし、
現に私も前の会社では祭りの日も普通に仕事していた。
solaちゃんたちが地元の祭りに初参加するにあたって、やはり少しお手伝いをしたかったし、
子どもだけやって お願いします、というのも気が引けて、一度参加してどんなものか知りたかったし
他の、一緒に行けないお母さんの分まで子どもを一緒に連れて行くという役割も担っていたので
今年はちょうど、仕事がなくてよかった。

神輿担ぎに張り切ったsolaちゃんを含む2年生チームは、最後まで根を上げることなく
やり抜いたので、誉めて誉めて誉めて、満足顔で帰った。

posted by ギャロパン at 01:27| 愛媛 ☁| Comment(6) | TrackBack(0) | 子ども | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月02日

最後の日

昨日がお仕事最後の日でした。

辞めると宣言してから毎日、辞めることに向かって突っ走って、
辞めた後のことばかり考えて、「あ、あと一ヶ月」、「あ、あと半月」、「最後の1週間」と
淡々と思っていましたが、辞める最後二日前になって急に、
辞めるのが寂しくなってきました。

だからって辞めることを止めにしたいわけじゃなくて、もう、走り出したから走るしかないんだけど、
それまで毎日普通に仕事して、普通にみんなとオシャベリしてたのが、
あ、これが最後かも、あ、これで終わりかも、としみじみと最後を意識してしまって
仕事しながら時々勝手に一人でウルッとしたりしてました。

ただ、幸か不幸か、最後の最後になって、私が少し関わっていた仕事が
大きく一大プロジェクトに変わって、新しくスタートさせるために急に忙しくなって
そう、しみじみを感じる暇もなく、あっという間に時が過ぎてしまいました。

社運をかけた一大プロジェクト(某課長談)に最後に関わることになって、
もう別に覚えなくてもいいことを一所懸命覚えたり、必死に質問したりしたのは、
会社のために最後まで全力で!!!・・・と言うと響きがいいですが、
正直、なんでも首突っ込みたくなる私の性分だからです。
第一、蚊帳の外ってのが私、一番嫌いだし。

私のお仕事ぶりは年間通じて残業はほとんどなく、
年に一度、年末休み前に一日か二日、1時間程度の残業をするぐらいだったのだけど、
今回はこの一大プロジェクトのおかげで9月末に三日連続で毎日2時間近く残業しました。

最後の30日の朝、この日くらいは余裕を持ってゆっくり家を出て、しみじみ感じながら
早めに仕事に就こう…と思っていたのだが・・・・・




2週間前から松山に帰っていたやんちゃぁが、少し前に会社でやった健康診断で
要検査が出た、という話がありましたけど、(6月28日
やっと病院に行って、胃カメラと腸カメラの予約を取ったのが29日と30日。
二日連続の検査で、二日間、ほとんど食べられないのが少しかわいそうではあった。

で、その30日の腸カメラの予約は、8時20分に受付をする、という予約票だった。
前日に、翌朝何時に起こしたらいいか?と聞くと、8時、と言う。
朝起きて時間がたくさんあったら、腹が空き過ぎて何か食べてしまいそうで怖いから、という理由。
まあ、バイクで10分はかからないので、5分で着替えて出たら間に合うか、と思い、
30日当日、8時頃ごそごそやおら起きてきて着替える…のかと思ったら!!
いきなりシャワーーー???!!!

10分近くゆっくりと丁寧にシャワーを浴びてるんですけど・・・・

その時点でイライラ来ていた私は、「早く!」と毎朝solaちゃんに言うような言い方で急かした。

で、やんちゃぁ。
「車で送ってってや。」

「なにを〜〜〜〜〜っ?!!(怒)」

ってイラ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っとしたけど、外を見ると結構雨がジャージャー降ってて、
空腹でヘロヘロで、少しかわいそうに思い、
「送ってったげるけん、急いで準備して!私もう、車まわしとくよ!」と言い残して
マンションの立駐から車を出し、やんちゃぁが出てくるのをスタンバッていた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

が、




来ない!!!


この朝の貴重な時間をボ〜〜っと過ごすことだけでもイライラするのに、
奴は、8時20分の予約というのに、どんな準備をしてるのか、8時19分になった頃
やっとマンションから出てきた。


もう、怒りはピーク!!!

やんちゃぁはいつもいつも、約束の時間を守らない。
その時間には到着していないといけない、という時間帯にやっと、準備ができてきたり、
ひどいときには起き出したりする。

私も相当何度も起こしたり、やんやん口うるさく早く準備しろと促すのだけど、
この癖(?)なかなか治らない。

で、この大事な検査の日、そして、私にとっても大事な最後の仕事の日、
ああしよう、こうしようと私はいろいろ頭でスケジュールを組みたてるタイプなのだけど、
それをことごとく壊していくやんちゃぁに、ホント怒り心頭だった。

で、やっと来たのに、予約票を忘れた、とかで、もう一度部屋に戻り、
やっと車の助手席に乗ったのは、もう予約の時間を過ぎていた。

で、怒りの爆発した私は、やんちゃぁがちょっとおどけて私のご機嫌を取ろうとしているのを
すべてシャットアウトし、罵倒し、怒りを怒りのままブチまけた。
やんちゃぁの扱いには慣れている私だけど、これ以上言ったらキレるだろうな、
というポイントを分かっていたんだけど、それでも怒りが収まらなくて
ギャーギャー怒ってしまった。

するとやっぱり思ったとおり、今度はやんちゃぁが逆ギレ。
「もうかまん!!!!勝手に一人で行く!!」
走り出して動き出した車のドアをガチャッと開いて降りようとした。

瞬間!私はやんちゃぁのトレーナーの肩口を左手でガシッとつかみ、
右手でハンドルを扱いながらも即運転席からロックをかけてドアを開かないようにして、
トレーナーをつかんだ左手には満身の力を込めた。
しばらく「降りる」「降りるな」で私と押し問答をしながらも、車を走らせ、
服の伸びるのを嫌がるやんちゃぁのことなんて無視して左手でトレーナーを引っ張る私に、
「離せや!!!」
「降りるん止めたら離す!!!!!」
などのやり取りの後、やっと左手を離し、重い沈黙のまま10分後病院へ着いた。

やんちゃぁが車を降りるときに「ありがとっ・・・・」と出て行ったので、
初めから降りる気はなかったのか・・・・・?





まあ、横道の話が長くなったけど、

そう、最後の仕事の日の朝、やんちゃぁとこんな感じで久々の大バトルを交わし、
脳みそ興奮状態のまま仕事にやってきたので、
しみじみとした状態にもならず、朝ゆっくり行こうと思っていたのに
いつもより遅めでギリギリ遅刻寸前に到着で、朝からどっと疲れていた。

で、いつもする仕事よりも、例の一大プロジェクトの仕事の方がもう
佳境を迎えていて、どうにもこうにもそちらを手伝わないとどうしようもない状況だったので、
朝からずっとプロジェクトの仕事を手伝っていた。

そうしてやっと、仕事が終わったのが、いつもより1時間半も遅かった。


で、ここからが最後の儀式のはじまり。

この5年一ヶ月、私も相当数、退職していく人たちを送ってったけど、
私は仕事が4時に終わるので、いつもみんなより先に こそっと挨拶に行って少しお話して、
笑ってさよならを言って終わる。
でも、いつもはみんな、どんな感じなのか、あまり私は知らない。

でも、この最後の日にはまず、皆さんからお花を頂いて、
寄せ書きをもらって、写真撮影をして、それでみんなでしばらく円になっておしゃべりして
ダラダラするのだろうなぁと予測していたので、まず、solaちゃんは児童クラブに行かせずに
鍵を渡して集団下校で帰るように言っておいた。
きっと、やんちゃぁもsolaちゃんが帰る頃には帰ってくるだろうし。

またこのお花が半端じゃない。
普通、会社からみんなで一つ、という感じなのだけど、ここは、各部署で一つずつもらえる。
お花屋さんも、それぞれの部署が違う花屋さんで、退職する人のイメージに合わせて
花かごを注文してくれる。

これを見るの、いつも結構楽しみで、ホントにいつも、どのお花屋さんも、
かわいらしく花かご作っている。イメージカラーも、やっぱり、その人に合った
ピンク系だったり、元気なイエローだったり、アダルトな感じだったり。

さて、私のイメージは・・・・

080930_9.jpg

見事にみんながバラバラの色だった!!

おもしろい。

元気なビタミンカラーと、アダルトシックな濃い紫とダークレッド、大人の色っぽさを表現したというカサブランカを囲んだ紫系と、さわやかな水色ピンクと、あとで庭に植えられる寄せ植え用のポットごとの花かご。

っくーーー!!憎いね!
私はいろんな面をみんなに見せてたってわけね♪
こんなにお花を頂いて、お花に囲まれることなんて、結婚式でもなかったよ。
既に退職した子たちからも、会社にお花が届きました。
ありがとねーー。

みんなの顔を見る前は、最後の荷物をしまいながら、こぼれそうになる涙を必死でこらえていた。
まだお花もらう前から泣くなんておかしい!と思って、泣かないように泣かないように
なるべく意識をいつもの楽しいお弁当の時間をイメージしながら気持ちを保った。

それで、次々とみんながお花を持ってきて渡してくれて、
お花のイメージの話とか、珍しい花を見ては、それに話題を振ったりして、場をつないだ。
080930_2.jpg  080930_3.jpg  080930_7.jpg
そうこうするうち、寄せ書きの色紙をもらってみんなの前で開いたけど、
書いてくれた本人の前で色紙読むのって、ちょっとなんか照れ臭い。
読まれる方がもっと照れ臭いだろうけど、なんだかみんなの視線が集まっていたので、
私は読むことに集中できなくて、字を追っても追っても、字面だけがつらつらと入ってきて、
内容が全然頭に入ってこない。

こりゃいかん、今、頭が真っ白なんだな、って自分で分析して、コメントも言わずにしまってしまった。

月末末日、絶対に忙しい人はいる。
しかも、時間は定時を過ぎていた。
早く帰りたい人もいるんじゃないか、とか、
私の何かお言葉でも待っているのかな、とか、
なんか、しみじみとした気持ちは全然でてこなくて、周りのいろんなことが気になって、
私も正直、どうしていいのか分からなくなってった。

でも、ひとりひとりの顔を見て、いつもの食堂のペースでおしゃべりできるようになると、
また調子にのってきて、一人でペラペラとしゃべってしまった。
でもそれもこれも、私を囲む人がたくさんいて照れ臭くて、照れ隠しにしゃべってたのと、
あれだけ送別会にえらそうな言葉を言ったのに、最後の日に言うべき言葉を
な〜〜んにも考えてなくて、とても浅い思考回路がグルグル頭の中をまわっていた。

最後なのに、しんみりとした言葉一つ言えず、お調子ばっかり言って、
ただ、ありがとうしか出てこなくて、
で、雨も降ってることだし、花かごが すごく多いので、
先に少し離れた駐車場から車を持ってくることにした。

そうしてやっと、みんなの目から解放されて一人駐車場に向かうと、
急に感情が押し寄せてきた。

ああ、ホントに最後なんだなって。
明日からここに来ないんだなって。
明日もみんなは変わらず会社にきて、いつもと同じように仕事をするけど、
私はもう、会社の人じゃなくなるんだ。
みんなのこの輪から、私は出て行く人なんだ。
もう、あの楽しい弁当の時間のおしゃべりもできないんだ。
バカ言いながら、グチを言いながらも仕事するの、結構楽しかったのにな。
毎朝毎朝、会社来ておはようございます!って交わすこの顔も もう・・・



みんなに手伝ってもらってお花を車に積み込んで、
さあ帰ろうとなったとき、こらえていた涙が一気に溢れ出した。

偶然に縁あって同じ会社に入った人間たちが、
そう大きな人間関係のトラブルもなく、一緒に仕事できることって、
たまたまのことなんだけど、みんなには当たり前のことなんだけど、
すばらしいことだよ、その幸せをかみしめて仕事してほしいな、って言えた。
仕事ができるってことも、ほんとうに素敵なことなんだ、とも。

最後の最後、私が車に乗り込んで会社を出て行くとこまで
関わった多くの仲間たちがお見送りしてくれました。雨の中。

真っ暗な車の中で一人号泣しながら帰りました。


なんだかんだといろいろありましたが、後悔は一つもありません。

涙は出るけど、すがすがしい気持ちです。








で、家に戻った。

マンションなので、駐車場で車から荷物をおろしてから家のドアまでがちょっと距離がある。
1階なので、ましな方だけど。

朝、あんな大バトルを交わした後で、やんちゃぁも腸カメラをやった後だけど、
この大荷物のお花をお家まで運びこんで欲しい。

恐る恐る電話してみると、寝起きのような声で不機嫌な声だった。

まあ、数十メートルのことなので、私が往復して持って帰ろうかな、と車庫入れをしていると、
渋々やんちゃぁが出てきた。

腸カメラは相当に苦しかったらしい。
腸の中を空っぽにしないといけないので、下剤を飲んで水を飲んで、何度も何度も
トイレに行き、運動をさせられ、その後に、ファイバースコープのカメラを肛門から
グイグイと入れられて、お腹がパンパンに張って苦しかったようだ。
朝は私が送ってったけど、帰りは歩いて帰ろうと思っていたやんちゃぁだったが、
お腹を伸ばして立つ事もできず、タクシーで帰ったとな。

そうか、しんどかったね。
お花運んでくれてありがとう。


朝の怒りのことで不機嫌なのかと思ったら、
その検査のしんどかった話を延々と始めた。

そのしんどさを私にアピールするのもあって、しんどい声としんどい態度を
存分に表現していた。
私の仕事が最後であったことには一切触れず。
花だけは すごいね、と言ってくれたけど。



あーーーー・・・・・・・仕事最後の話が、
なぜか やんちゃぁの話も随分くい込んでしまいました。

そんな 最後の1日でした。
posted by ギャロパン at 01:08| 愛媛 ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | わたしネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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