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2009年09月22日

武田美保 講演会

忘れないうちに書いておこ。

日曜日、まつやま市民シンポジウムで 武田美保さんの講演会を聴きに行った。
ぶっちゃけ話を言うと、友人に頼まれて行くことにはなったのだけど、
聴いてみると、(失礼ながら)想像以上に興味深い話で、話し方も上手で引き込まれ、
1時間があっという間だった。

普通に生活していたら知り得ないような人の話を聴くのは、
どちらかというと普段から興味がある方なので、聴くぞ〜〜という気持ちではあったけど、
大人の講演会に、solaちゃんを連れて行っても退屈がられてグズられるかなと思って
友達と遊ばせて、ナナちゃんだけを連れて行った。
でもsolaちゃんが聴いてもいいような話の内容だった。

まず、武田美保さんて誰?と思ったのだけど、一応、前調べをすると、シンクロスイマーで、
オリンピックにも3大会出場し、銀・銅、合わせて5つのメダルを獲得されてる
トップアスリートなのだ。
そして、シンクロだけに、スタイルはいいし、顔も美しい。
年齢は私より5つ下だけど、30代で、ギリギリ同世代と言ってもいいかな。

話は、彼女がどうしてシンクロを始めるようになったかの経緯や、
その後、オリンピック選手になるまでのジュニア時代の話、
そして、オリンピック強化選手に選ばれてからの話、
あの、恐ろしくて有名な井村監督の話、
どれも私にとっては新鮮で、へーーーという内容で、
でも、自分や自分の子供に置き換えてもいいような話だった。


シンクロを始めるきっかけとなったのは、ただ、近所にあったスイミングに
シンクロコースがあった、という単純なものだったけど、
意外にも彼女ははじめ、スイミングのクロール・平泳ぎ・背泳ぎ・バタフライは
友達の中でも上達度が遅く、自分でも下手だ、と幼心に認識していたらしい。
ひょんなことでシンクロコースに転向したのだけど、ここで初めて、
人よりうまく泳げたことが自分のなかで誇りとなり、小さな心にプライド心の火が着いたのだった。

このプライド心に火がついたというのは、それまでいつも劣等感を持っていたので、
本気で人と勝負したり、本気を出して負けるのがイヤで、はじめから本気を出していなかったのに、
それが、人もやったことのないシンクロコースに入ると、誰とも比べられないので、
初めて本気というものを出したらしい。
そこでうまくいったおかげで、コーチから褒められ、そのせいで、もっと褒められたい、
人よりもうまくなければならない、という負けず嫌い心に火がつき、どんどん上達したのだった。

ここで大事なのは、「褒める」ということ。

人は…特に子どもは、褒められて伸びる。
上手くできたことは存分に褒める、ということが本当に大事なのだ。

少しでも得意なもの、好きなことを伸ばすためには、褒めてあげましょう、
というのがまず大事なポイント。




うんうん、分かるよ。
確かにそうだ。
でも最近、ちゃんと褒めてたかな、solaちゃんのこと。
つい、流してたことも多かったかも。
反省、反省。もっとよく見てあげなくては。




次に、素晴らしかったのは、武田美保さんのお母さん。
美保さんが小1でオリンピック選手になることを目標にし、ずっと何年も思い続け、
その入口である井村監督にやっと、練習を見てもらった日のこと。

ここで失敗はできない、と必死で泳いで見せたのに、
井村コーチから言われたことは、
「あんた、自分がウマいとでも思ってるん!!!!
泳ぎながら、あんたの限界はここでないで!もっといける!という指示を出してたのに、
ひとっっっっっっつもできんかった!!!
あんんたなんか、絶対オリンピックなんかに出られへん!!!」

ちょっとセリフ回しは違うかもしれないけど、とにかく小6の子供に、
ここまでコテンパンにきつい言葉を投げかけたのだった。
(余談だけど、井村コーチは、テレビで映ってる怖さはテレビ用で、
本当は、もっっっっっと怖いんだって)

それまで何年もオリンピックに出ることを夢見てシンクロのことだけを毎日考えて
生活してきて、とうとう念願かなって井村コーチに見てもらえる!となり、
必死で泳いで言われたセリフが前述。

これは凹むわ〜〜〜。
大人の私でも凹むわ〜〜。
もう絶対泣く。

で、武田美保さんは、家に帰り、このことを泣きながらお母さんに話したのだ。
話は戻るけど、お母さんと美保さんは、スイミングを始めてから、レッスンのあった日はいつも、
家で何時間もレッスンのことを逐一報告し、お母さんも逐一話を聞いて、
その心の動きや、なぜコーチがそういうことを言うのかを分析してアドバイスをしていた。

で、泣きながら井村コーチにこう言われた〜〜〜というのを説明すると、
お母さんは全く予想と違う反応を返してきた。

話を聞いたお母さんは、大笑いし、「あんた、それはあんたに見込みがあるっちゅーことや。」
「見込みもないのに、そんなことは言わん!」

それを聞いた美保さんは、「なるほどな〜。」と思った。
それで、怒られて凹んで泣いていた気持ちは一気にふっと無くなった、と。
それ以来、美保さんは打たれ強くなったようだ。




もう一つ、お母さんの話。

結局、中学生になったとき、、京都で近所のシンクロスクールから、電車で大阪まで通い、
井村コーチのシンクロクラブに移籍したときの話。

自分より年上の選手ばかり。女ばかり。
そして、上下関係の厳しさをあまり知らなかった中1。
身長も伸び、メキメキと頭角を現した美保さんは、そのうちいじめに遭うようになる。
全員からの無視。
みんなの輪に入ろうと必死で、練習に身が入らなくなる。

で、いつものように家に帰ると、親に練習の報告をするのだけど、
いじめの話は一切しなかった。
その思春期 故の恥ずかしさなのか、親を心配させまいと思うせいかは分からないが、
とにかくいじめについては何も話をしなかった。

でも、親は、それまで何年も美保さんのレッスンの話を聞いてきたので、
すぐにいじめに遭っていたことを察し、
「もう隠さんでええで。」と言うと、美保さんは涙ながらに一気にその話をした。

すると、またもや、予想をしないお母さんの反応。

「ま、ありがちな話やな。」
「それはあんたが先輩と同じレベルをチョロチョロしてるから目障りなんや。
もう、目の前どころか一気に抜き去って手の届かんところへ行ったら
目ざわりもへったくれもない、必死で練習してうまくなって、突き抜けたらええんや。」
「それと、中学生のあんたには難しいかもしれんけど、謙虚さがいるで。
”実るほどこうべを垂れる稲穂かな”と言うように、強くなればなるほど謙虚にならなあかん。」


これを聞いた美保さんは、またもや、「なるほどな。」と、翌日から、いじめのことが
一切 気にならなくなったのだ。
とにかく、上級生がいじめなんかにかまけている間に練習に没頭し抜き去ってやろう、
年上のくせして、中学生の女の子いじめるなんて、まだ子供なんやな、とまで思うほどに、
心に余裕ができたのだった。



お母さん、すごいな、って思った。

美保さんの話が上手で、引き込まれてつい、自分も中学生の美保さんになったような
気持ちになって、つら〜くなって、お母さんに言えなくて、
でもお母さんが「知ってるで。」「もう話してええで。」と言ってくれた時、
私も思わず泣きそうになっちゃった。

でも、そこでものすご〜〜く広い視点になって
的確なアドバイスをしたお母さんはすごい。

果たして私にできるかな。
solaちゃんがいじめに遭った時、どういう風に返せるかな。
(男勝りなsolaちゃんは、あまりいじめられるという心配はしてないんだけど。
むしろ、いじめる側にならないことを指導しなくてはいけないくらい。)



子どもが凹んだとき、つらいとき、悲しい時、
確かに同じ視点に立って、「そうだね、つらいね、苦しいね。」と言ってあげる事も
悪いことではないと思う。

が、

そこはやはり、年長者の見解や冷静な分析、そして、大丈夫だよ!と背中を押してやる大らかさは
子どもにとって、本当の安心感と強さをもたらすのだと思う。

そんな強い母になりたいな。
え?もう十分強いって?
いやいや、何度も言うけど私、打たれ弱いんです。


それから話はオリンピック強化選手になってから3大会に出場するそのときの
気持ちの変化や特訓の話を詳細に話してくださったんだけど、
そこから得た大事な話。

自分で限界を作らない。
作ってしまうと、そこで終わる、と。


自分は、これぐらいしかできない、もうここが限界、という線を
意識的にも無意識にでも人間は引いてしまうのだけど、
実は、その能力は、自分が本当に持っている力の2割から3割ほどでしかない、
というのが、言われていることなんだって。

だから、自分で限界を作らないでください、と。



なんとなく、オリンピック選手だから、そういうことが言えるんじゃない?と思いがちなんだけど、
私は、確かになーーと思う部分がとても多かった。

人から期待されるからついつい頑張って、頑張ってみると意外にもできてしまった、って話、
自分にも、身近な話でもたくさんあると思う。
”案ずるより産むがやすし”というのも、そこに通ずるものがあるんじゃないかな。
やってみたらそうでもなかった、ってこと、今までの自分の経験でもたくさんある。
あまりに自分はブレーキをかけ過ぎてたなぁと思う事もたくさんある。

それを本当にやってしまった人の話は、やはり説得力があるし、
やっぱり簡単に選手になったわけでもなかった。
強い意志と、地道な努力に培われて成し遂げられたことなんだと思う。



このシンポジウムのメインテーマが「つ・な・ぐ 〜家族の支え・大切さ〜」ということで、
なんか福祉的な話っぽくて、そうひきつけられなかったけど、
予想した以上にとてもいい話聞けました。



posted by ギャロパン at 17:59| 愛媛 ☁| Comment(6) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月20日

9月のいろいろ(仕事編)


さて、私の仕事。

仕事といっても、今月はずっと研修で、1日が短く、余裕はあります。

が、初めの大阪での入社式&研修では、私のテンションは激落ちでした。


松山から一緒に行った同期は私を含めて3人。
私以外の二人は男子なので、はじめは少し、構えました。
一人は6コ下。もう一人は14コも下です。
女子で行動する時って県外などの不慣れな土地へ行くと、みんな固まって行動するけど、
男子たちって群れたがらないし、明らかに私みたいなオバサンと
一緒に行動しましょう!みたいな感じに見えなかったので、
私はついて行けばいいのか、率いて行けばいいのか、自分の役割が見えず、
最初は不安でした。

でも、その不安は1日目にして消えました。
どちらも同期として気を使ってくれてるようで、私の足取りや行動を共にするように
合わせてくれていました。
二人とも おしゃべりを結構するタイプだったので話題にも事欠かず。

あ、ここでテンションは落ちてないけど、何が落ちたって、
その二日間での雰囲気????かな。

松山は、関西の大阪局の管轄なので、
関西と四国の各支店・営業所に入社する同期たち12人が集まりました。
四国からは私たち3人だけ。

男女比はちょうど半々。
年代は、アラフォーメインで最年少が我が松山の男性、最年長は50前後の女性かな?
大阪局長も、支社長も、教育係の人たちも、
みんなジェントルマンでおしゃべりが上手で、上げて落とす、落としてまた上げる、という、
巧みな話運びでした。

でもやっぱり、営業で入ったのだから、目標を高く!的な内容や、
上の成績を目指せ!的な発破を存分にかけられ、
最後には、もう分かったよ…というくらいに、畳みかけるように連呼され、
正直ゲンナリしました。

一方、収穫もありました。

同じような年代で、3人の子持ちの人は、この3年間は1時間半かけて通勤する仕事をしてたようで、
小学校低学年のお子さんがいたけど、晩御飯はいつも8時半から9時頃、と言ってました。
それからすると、通勤15分圏の松山なんて、まだ恵まれた環境だなって
私もがんばらないとな、って。

入社して初めての研修だから、厳しい事も言うだろうし、
最初は理想論で攻めてくることは頭では分かっていたけど、
なんか気持ちにずーーーんと思い物がのしかかって、憂鬱になってきました。
まあ、最初から甘ちょろい気持ちではダメだろうなとは思っていたけど、
あんまり言われると、やるぞーー!という気持ちよりは、しんどい…となる。
私、やれるんかな・・・って。

重〜〜い研修資料もたくさん配られて、重い足取りで飛行機に乗り、家に着くとグッタリ。
家のことなんて、なーーんもしたくない。
ますます私、やれるのか???って不安いっぱい憂鬱いっぱい。

でも、この2週間、松山で毎日研修をして行くうち、
たたき上げで営業から教育指導係りになった人の実際のところの話や、
仕事の内容や深さに触れるうちに、少し面白さも感じてきました。
営業も、なんとなく自分の中でメドがついてきたし、
やってやれないことはないかなーーって思えるようにやっとなりました。
新しい事務所に通う自分、保育園生活を送るナナちゃん、平日の家事のこなし方など、
少しずつリズムもついてきたし。

中でも、私の心を勇気づけたのは、友人たちの何気ない一言でした。

「なに?営業?ギャロさんピッタリやん。」と、当たり前のようにサラッと言ってくれた人、
「ギャロパンさんにできなくて、誰に仕事ができるん??絶対できるって!」と確信してくれた人、
「はまれば おもしろい仕事よ。」とアドバイスくれた人。


私が新しく仕事を始めることを伝えると、「大変よ〜〜。」と言う人が まま いたのだけど、
それを言われると、何も返せなくて、
わかってるけど、やったことないから、何も反論できない、というモヤモヤした気持ちの中、
前向きな言葉をかけてくれる人たちに、気持ちは随分 救われました。

まだ、実働として動いてないから、自分の気持ちをうまく整理できてないけど、
研修中の今は、こんな気持ちです。


あと、これから、連続して資格試験を受けていかないといけないのだけど、
まずはじめにこの連休明け、一番基本の試験があります。
これまでの研修で、この試験勉強について教えてくれたかというと、そうではなく、
あくまでも資格の勉強は自分ですること、となっているので、夜寝る前に
テキスト見ながら問題解く毎日です。
が、ほとんど10分ほどで眠ってしまう。
満点を取るように言われてるけど、やっぱなかなか難しい。
この連休が最後の追い込みかな。

どうせ、金もないから遊びに行かないし、墓参りと祖父母訪問で終わりさ。
お金がないと、休みになってもそんなにうれしくない。

こんな気持ち、こんな生活から早く脱出したくて今は頑張る気持ちです。



posted by ギャロパン at 17:49| 愛媛 | Comment(8) | TrackBack(0) | わたしネタ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月19日

9月のいろいろ(子供編)

あっという間に九月もあと10日ほどになってしまいました。
書くことはたくさんあるけど、なんだか新しい生活にいっぱいいっぱいです。

15日には、solaちゃんも誕生日を迎え、新しい自転車を手に入れました。
座面を一番低くすると24インチでいけます。
前の自転車がなんと12インチだったので、ギアつきの新しいブルーの自転車に
solaちゃんはうれしくてたまらない様子で、さっそうと乗りまわしています。

今までは、友達が自転車でも、走って着いて行かせてたけど、
学校で自転車教室も受け、私と自転車で走って、一応合格点をつけたので、
自転車でマンション敷地外を出てよいという許可を出しました。
今までも、私と一緒のときは、近所のスーパーやスイミングには行っていたけど、
友達同士で出ていいことにするのは少し勇気も要ります。
もう、口を酸っぱくして、飛び出さない、急ブレーキかけない、角を大きくまわる、と
何度も何度も言い聞かせてます。
友達で自転車で出回っている子どもたちでは、ヘルメットを着用している子どもは少ないけど、
それも厳守させています。



ナナちゃんの保育園は、自宅から自転車で5、6分程度ですが、
まだ自転車では移動できないので、一度、車で送ってってから自宅に戻り、
自転車に乗り換えて会社へ行っています。
会社までは自転車で10〜15分程度。
もろもろあって、始業時間の1時間前に家を出れば慌てずに間に合うかな、という感じです。
でもこれも、営業が始まれば、車で登社できるので、もう少し短縮できるかな。

ナナちゃんは、はじめ、哺乳瓶に口が慣れてなかったけど、
入社式&研修で私が丸2日不在にしたおかげ(?)で、集中哺乳瓶特訓ができたようです。
保育園でも先生たちは穏やかで、看護師の資格をもったおばあちゃん先生が
ナナちゃんの担当なので、特にグズることもなく、ニコニコと愛嬌をふりまくり、
可愛がってもらっているようで、今のところ安心です。

最近のナナちゃんは、「アー」「ウー」などのおしゃべりをよくしてくれて、
ご機嫌のときは、ずっと しゃべってくれます。
特に不満のないときは、顔を見てはニコニコし、寝て起きてはニコニコし、
愛おしさは増すばかりです。

車に乗せて保育園へ行く時、チャイルドシートに乗せてもニコニコしているのを見ると、
もーそのままずっと見ておきたい気持ちに駆られますが、
その2秒後にはガッチリベルトを締めて運転体制に入ります。

保育士さんに「お願いします。」と言って渡すときは、
本当に後ろ髪引かれる気持ちですが、
これまた離れて会社に行ってしまうと、全く思いだすことなく1日が終わります。
あ、途中で搾乳はするけどね。

solaちゃんナナちゃんに関しては順調な滑り出しです。


さて、私の仕事。
次の記事に書きます。
posted by ギャロパン at 14:09| 愛媛 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 子ども | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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