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2011年03月27日

国民総PTSD


ここは西日本。
四国は愛媛県。

東日本大震災を受けた日本だけど、
震災前とは表面的にはそう変わらない日々を送れている西日本。
買いだめもガソリン不足もない。

震災の日から、食い入るようにテレビにかじりつき、
ニュースを見るにつけ、新聞を読むにつけ、ラジオを聞くにつけ、
胸をかきむしられうような思いに、毎日号泣している。

波にのまれる街の様子や、繰り返し被災地に訪れて避難住民を取材したり
大事なことを伝えていないとか、各局の横のつながりの悪さとか、
報道のやり方いろいろ文句を言う人はいるけれど、
それを見ないからには、私たちには何も伝わらないし、
それも事実の一つとして受け止めるつもりで流されないように冷静に
見ているつもりだ。
 
が、
とにもかくにも私は、1歳と10歳の子供を抱える母として、
津波で家を無くしたり、
命からがら逃げのびたり、
不幸にも亡くなってしまった母子を思うと、
どんなに怖かったか、
どんなに無念か、
今どんなに不安か、
思うと涙が止まらない。

もともと涙腺はユルユルではあったけど、
波にのまれてつないでいた子どもの手が離れてしまったと泣くお母さん、
乳飲み子をおぶったまま遺体で発見されたお母さん、
幼稚園バスごと流されてしまった子どもたち、
また、家族と一緒に流されたが運よく助かり、両親を探す小学生の記事なんかを見ると、
もう、まるで自分が、自分の子どもが 亡くなったかのような
いたたまれない気持ちになって、
仕事中にふと、そのことを頭がよぎるだけで涙がにじんでしまう。

今、こうして普通に生活してることせも
申し訳なく後ろめたくさえ思ってしまう。

節電しても直接的には助けにはならないけど、申し訳なさに対する自己満足
のために、楽してる自分を少しでも戒めるためにも
節電には心がけている。

こんな東日本が大変なときに もし、東海・東南海地震が勃発してしまったら
誰も助けになんて来られないな、
じゃあ自分でできるだけ子どもを守らなくちゃ、
果たして私一人で子どもを二人無事守れるのか(旦那は?)(あまりアテにしてない)
もし仕事中ならまず保育園、10歳の方は本人の判断に任せよう、
なんて、想像がどんどん膨らみ、勝手に一人で不安になり
夜中に目が覚め、また勝手に一人で泣く日々も続いた。

怖くて不安だけど、原発のことだって愛媛県は他人事ではないし、
東南海地震が起きる起きると言われて地震に備えるための心構えなんかも
しなくちゃ、なんて、結局テレビも地震のニュースばかり見ていた。


しかし、そうやって勝手に自分で不安をあおってニュースを見続けていることは、
もしかしたら、子どもたちにとっては言葉にできない不安をもっと煽っていたかもしれない。

テレビが怖いからといって昔録画していた楽しいドラマを見たり、
アニメを見たりすることは、子どもにとってはいい気分転換で、
単にテレビを消してしまうと逆に静かになって怖がったりするため、
ガチャガチャした番組も今ではだいぶ心の拠り所となっているようだ。

テレビは必要最小限にし、新聞やお決まりの番組で情報を得ることにした。
そうして勝手に一人PTSDとなっていた私は徐々に平常心を取り戻しつつある。
多かれ少なかれ、日本人は一種のPTSDのようになってるのではないか。
被災者は当然のこと、被災してない人も、遠く外国に住んでる人も。
自分だけが助かって悪い、とか、自分よりもっとひどい状況の人を
どうにかしないと!と焦ったり。

しかしこんな遠くで40近い子持ちのオバチャンにできることといったら、
今のところは募金くらいしかない。
とくに個人的な知り合いが東北にいるわけでもなく
贈ってあげられるようなキレイな物資もないが、
家計の苦しい我が家としても、痛み分けとして被災地への募金は欠かすことができない。
今までとはケタ違いの募金をしている。
大きいのは職場で取りまとめたときにして、
後は、募金箱をみる度に(信用できる相手に対してのみ)何度も募金するように決めた。

こんなときに悪い事考える奴は必ずいるもんで、既にもう募金詐欺が県内でも聞かれる。
ツイッターやチェーンメールで、いい情報のように流している情報さえも、
出どころのはっきりしない情報には絶対に振り回されないように決めている。

逆に、テレビの情報や新聞だって、事実の切り取り方によっては見方が全然変わってくることも
意識してみるようにしている。
政府の会見や東電の会見さえも裏を裏を見てしまう。
慎重になったと言えばそうかもしれないが、何も信じられなくなって疑心暗鬼になってしまうと
誤った方向へ進んでしまうことも忘れないでいないといけない。

テレビや新聞がだんだんと日常に変わったとしても
それを被災していない人たちはすっかり忘れてしまった、とは受け取らないで欲しい。
他人事だからって、真意に考えていない、と思わないでほしい。
こんなことが起こって、あまり生活の変化のない西日本だって、
本当に自分のことのように心を痛めているし、その分こちらが頑張らなきゃ、とも思ってる。
助けを求める人には、手を差し伸べたいとも思ってる。


募金以外にできること・・・
それは、西日本が奮起することかな。
震災を忘れずにいながらも、楽しい日本、元気な日本を引っ張らなければ。

大抵の日本人は、「がんばれ」なんて言わなくても頑張ってる。
だから、「がんばれ」とは言わない。
私たちが「がんばる」。


posted by ギャロパン at 21:52| 愛媛 ☀| Comment(6) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月22日

武田美保 講演会

忘れないうちに書いておこ。

日曜日、まつやま市民シンポジウムで 武田美保さんの講演会を聴きに行った。
ぶっちゃけ話を言うと、友人に頼まれて行くことにはなったのだけど、
聴いてみると、(失礼ながら)想像以上に興味深い話で、話し方も上手で引き込まれ、
1時間があっという間だった。

普通に生活していたら知り得ないような人の話を聴くのは、
どちらかというと普段から興味がある方なので、聴くぞ〜〜という気持ちではあったけど、
大人の講演会に、solaちゃんを連れて行っても退屈がられてグズられるかなと思って
友達と遊ばせて、ナナちゃんだけを連れて行った。
でもsolaちゃんが聴いてもいいような話の内容だった。

まず、武田美保さんて誰?と思ったのだけど、一応、前調べをすると、シンクロスイマーで、
オリンピックにも3大会出場し、銀・銅、合わせて5つのメダルを獲得されてる
トップアスリートなのだ。
そして、シンクロだけに、スタイルはいいし、顔も美しい。
年齢は私より5つ下だけど、30代で、ギリギリ同世代と言ってもいいかな。

話は、彼女がどうしてシンクロを始めるようになったかの経緯や、
その後、オリンピック選手になるまでのジュニア時代の話、
そして、オリンピック強化選手に選ばれてからの話、
あの、恐ろしくて有名な井村監督の話、
どれも私にとっては新鮮で、へーーーという内容で、
でも、自分や自分の子供に置き換えてもいいような話だった。


シンクロを始めるきっかけとなったのは、ただ、近所にあったスイミングに
シンクロコースがあった、という単純なものだったけど、
意外にも彼女ははじめ、スイミングのクロール・平泳ぎ・背泳ぎ・バタフライは
友達の中でも上達度が遅く、自分でも下手だ、と幼心に認識していたらしい。
ひょんなことでシンクロコースに転向したのだけど、ここで初めて、
人よりうまく泳げたことが自分のなかで誇りとなり、小さな心にプライド心の火が着いたのだった。

このプライド心に火がついたというのは、それまでいつも劣等感を持っていたので、
本気で人と勝負したり、本気を出して負けるのがイヤで、はじめから本気を出していなかったのに、
それが、人もやったことのないシンクロコースに入ると、誰とも比べられないので、
初めて本気というものを出したらしい。
そこでうまくいったおかげで、コーチから褒められ、そのせいで、もっと褒められたい、
人よりもうまくなければならない、という負けず嫌い心に火がつき、どんどん上達したのだった。

ここで大事なのは、「褒める」ということ。

人は…特に子どもは、褒められて伸びる。
上手くできたことは存分に褒める、ということが本当に大事なのだ。

少しでも得意なもの、好きなことを伸ばすためには、褒めてあげましょう、
というのがまず大事なポイント。




うんうん、分かるよ。
確かにそうだ。
でも最近、ちゃんと褒めてたかな、solaちゃんのこと。
つい、流してたことも多かったかも。
反省、反省。もっとよく見てあげなくては。




次に、素晴らしかったのは、武田美保さんのお母さん。
美保さんが小1でオリンピック選手になることを目標にし、ずっと何年も思い続け、
その入口である井村監督にやっと、練習を見てもらった日のこと。

ここで失敗はできない、と必死で泳いで見せたのに、
井村コーチから言われたことは、
「あんた、自分がウマいとでも思ってるん!!!!
泳ぎながら、あんたの限界はここでないで!もっといける!という指示を出してたのに、
ひとっっっっっっつもできんかった!!!
あんんたなんか、絶対オリンピックなんかに出られへん!!!」

ちょっとセリフ回しは違うかもしれないけど、とにかく小6の子供に、
ここまでコテンパンにきつい言葉を投げかけたのだった。
(余談だけど、井村コーチは、テレビで映ってる怖さはテレビ用で、
本当は、もっっっっっと怖いんだって)

それまで何年もオリンピックに出ることを夢見てシンクロのことだけを毎日考えて
生活してきて、とうとう念願かなって井村コーチに見てもらえる!となり、
必死で泳いで言われたセリフが前述。

これは凹むわ〜〜〜。
大人の私でも凹むわ〜〜。
もう絶対泣く。

で、武田美保さんは、家に帰り、このことを泣きながらお母さんに話したのだ。
話は戻るけど、お母さんと美保さんは、スイミングを始めてから、レッスンのあった日はいつも、
家で何時間もレッスンのことを逐一報告し、お母さんも逐一話を聞いて、
その心の動きや、なぜコーチがそういうことを言うのかを分析してアドバイスをしていた。

で、泣きながら井村コーチにこう言われた〜〜〜というのを説明すると、
お母さんは全く予想と違う反応を返してきた。

話を聞いたお母さんは、大笑いし、「あんた、それはあんたに見込みがあるっちゅーことや。」
「見込みもないのに、そんなことは言わん!」

それを聞いた美保さんは、「なるほどな〜。」と思った。
それで、怒られて凹んで泣いていた気持ちは一気にふっと無くなった、と。
それ以来、美保さんは打たれ強くなったようだ。




もう一つ、お母さんの話。

結局、中学生になったとき、、京都で近所のシンクロスクールから、電車で大阪まで通い、
井村コーチのシンクロクラブに移籍したときの話。

自分より年上の選手ばかり。女ばかり。
そして、上下関係の厳しさをあまり知らなかった中1。
身長も伸び、メキメキと頭角を現した美保さんは、そのうちいじめに遭うようになる。
全員からの無視。
みんなの輪に入ろうと必死で、練習に身が入らなくなる。

で、いつものように家に帰ると、親に練習の報告をするのだけど、
いじめの話は一切しなかった。
その思春期 故の恥ずかしさなのか、親を心配させまいと思うせいかは分からないが、
とにかくいじめについては何も話をしなかった。

でも、親は、それまで何年も美保さんのレッスンの話を聞いてきたので、
すぐにいじめに遭っていたことを察し、
「もう隠さんでええで。」と言うと、美保さんは涙ながらに一気にその話をした。

すると、またもや、予想をしないお母さんの反応。

「ま、ありがちな話やな。」
「それはあんたが先輩と同じレベルをチョロチョロしてるから目障りなんや。
もう、目の前どころか一気に抜き去って手の届かんところへ行ったら
目ざわりもへったくれもない、必死で練習してうまくなって、突き抜けたらええんや。」
「それと、中学生のあんたには難しいかもしれんけど、謙虚さがいるで。
”実るほどこうべを垂れる稲穂かな”と言うように、強くなればなるほど謙虚にならなあかん。」


これを聞いた美保さんは、またもや、「なるほどな。」と、翌日から、いじめのことが
一切 気にならなくなったのだ。
とにかく、上級生がいじめなんかにかまけている間に練習に没頭し抜き去ってやろう、
年上のくせして、中学生の女の子いじめるなんて、まだ子供なんやな、とまで思うほどに、
心に余裕ができたのだった。



お母さん、すごいな、って思った。

美保さんの話が上手で、引き込まれてつい、自分も中学生の美保さんになったような
気持ちになって、つら〜くなって、お母さんに言えなくて、
でもお母さんが「知ってるで。」「もう話してええで。」と言ってくれた時、
私も思わず泣きそうになっちゃった。

でも、そこでものすご〜〜く広い視点になって
的確なアドバイスをしたお母さんはすごい。

果たして私にできるかな。
solaちゃんがいじめに遭った時、どういう風に返せるかな。
(男勝りなsolaちゃんは、あまりいじめられるという心配はしてないんだけど。
むしろ、いじめる側にならないことを指導しなくてはいけないくらい。)



子どもが凹んだとき、つらいとき、悲しい時、
確かに同じ視点に立って、「そうだね、つらいね、苦しいね。」と言ってあげる事も
悪いことではないと思う。

が、

そこはやはり、年長者の見解や冷静な分析、そして、大丈夫だよ!と背中を押してやる大らかさは
子どもにとって、本当の安心感と強さをもたらすのだと思う。

そんな強い母になりたいな。
え?もう十分強いって?
いやいや、何度も言うけど私、打たれ弱いんです。


それから話はオリンピック強化選手になってから3大会に出場するそのときの
気持ちの変化や特訓の話を詳細に話してくださったんだけど、
そこから得た大事な話。

自分で限界を作らない。
作ってしまうと、そこで終わる、と。


自分は、これぐらいしかできない、もうここが限界、という線を
意識的にも無意識にでも人間は引いてしまうのだけど、
実は、その能力は、自分が本当に持っている力の2割から3割ほどでしかない、
というのが、言われていることなんだって。

だから、自分で限界を作らないでください、と。



なんとなく、オリンピック選手だから、そういうことが言えるんじゃない?と思いがちなんだけど、
私は、確かになーーと思う部分がとても多かった。

人から期待されるからついつい頑張って、頑張ってみると意外にもできてしまった、って話、
自分にも、身近な話でもたくさんあると思う。
”案ずるより産むがやすし”というのも、そこに通ずるものがあるんじゃないかな。
やってみたらそうでもなかった、ってこと、今までの自分の経験でもたくさんある。
あまりに自分はブレーキをかけ過ぎてたなぁと思う事もたくさんある。

それを本当にやってしまった人の話は、やはり説得力があるし、
やっぱり簡単に選手になったわけでもなかった。
強い意志と、地道な努力に培われて成し遂げられたことなんだと思う。



このシンポジウムのメインテーマが「つ・な・ぐ 〜家族の支え・大切さ〜」ということで、
なんか福祉的な話っぽくて、そうひきつけられなかったけど、
予想した以上にとてもいい話聞けました。



posted by ギャロパン at 17:59| 愛媛 ☁| Comment(6) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年06月08日

そんなに?!

臨月に入ったことだし、ボチボチ本格的に赤ちゃんを迎える準備をしないと
いかんかな・・・と腰をあげてお買い物に車を走らせた。

といっても、道具類は、solaちゃんの時のを一応取っておいたので
無理に買うこともないし、
洋服は、取っておいたのもあるけど、出産し終えた友達やいとこから、
きれいな状態のお下がりをたくさん頂いたので、
敢えて何かを買うことをしなくてもよさそうだ。
(ありがとうございます!!!)(こういうとき、年くっての出産は得ね)

しかし、今回敢えて、そろえなければならないものがある。

それは・・・

布オムツ道具スターターキット一式。


solaちゃんのときは完全紙オムツだったのだけど、
こういうことを経て次 生まれる赤ちゃんにはできるかぎり布で行こうと決めてたから。

といっても、布オムツに関する知識はゼロ。
ネットでいろいろ読んだけど、人によっても赤ちゃんによってもいろいろだし、
読むだけではピンとこないし、結局、何を準備するのかもいまいちわからない。

ということで、既に二人の子供を布オムツで育て上げた友人に
一体何を準備したらいいのか聞いて、単純明快な答えを得た。
その全部を買ってしまわないで、とりあえず、最初に必要な最低限のものだけを
そろえておこうと思った。

布オムツ派は、周りに少数の上、既にオムツ卒業した人たちは、
ボロボロだったから雑巾にした、とか、売った、とか、捨てた人もいて、
なかなかこれは、お下がりにありつけない。

一応、オークションとか見てはみたけど、実は私、オークション未体験なんす。
いきなりここで慌てて手を出すのはなんとなく勇気がいったし、
安いなぁと思っても、送料とか入れてたら、西松屋のオンラインで値段を見ると、
そんなに大きくは変わらない。

ということで、とりあえずホームセンターと西松屋に行くことにした。

ホームセンターでは蓋付きバケツを買おうと思っていた。
使用済みオムツを水につけておくためのものだ。

今も小さいのはあるけど、布オムツを入れるには小さすぎるので、
二回りほど大きいものを…


(長い前置きはここまで。ここからが本題)



と思ったのに、

なぜだか、この地域では一番デカイ規模のホームセンターに行っても
バケツコーナーの棚はすっからかん???
60L、70L級のデカい ゴミバケツの棚も、下から上まですっからかん!!

なんで??

と思ったら、

入口近くに突然群がる人々。

みんな、何を買ってるのかな??と思ったら、
補充されたゴミバケツと、ポリタンク。
あっという間に積み上げられた商品ははけていく。

そうかーーーー。



松山は、今度の金曜日12日までにまとまった雨(50mm以上)が降らなければ
午後11時から午前6時までの7時間、夜間断水に入る、と昨日の新聞に出ていた。
それ対策???らしい。

まあ確かに、平成6年・・・・
忘れもしない、私が就職して1年目の年だった。
記録的大渇水のため、1日のうち、限られた時間しか水が出なくて、
夏から秋にかけて、本当に長い間、不自由を強いられた生活だった。
会社には、全国の支店から陣中お見舞いと称して、ペットボトルの水や
飲料水にできるポリタンクが、これでもかっ!!ってくらいに送られてきて、
廊下じゅう、その水の段ボールで埋め尽くされていたっけ。

夜、飲みに行っても、ショットバーのトイレの水が流れなくて、
恥ずかしさをこらえてお店の人に言いに行ったり、
トイレットペーパーだけを捨てるゴミ箱が設置されてあったりして、
だんだんと夜の街からも遠ざかったっけ。

その時は、午前の何時間かと、夕方の何時間かだけしか
お水が出なかったんだっけな。
このとき赤ちゃん産んだ人なんて、大変だなぁ・・と思ったりもしたっけ。


しかし、今回は夜の11時から6時。
我が家で言えば、やんちゃぁ以外はほぼ眠りについている状態。
特に困る事もないかなぁ…と考えていたら、
横にいた夫婦が、夜中にトイレ流すときに使う…なんて会話が聞こえてきた。

そうかぁ…確かに、今、トイレ近いし、夜中に1、2回は行くかも。
それ用には必要かも。
でも、それも、お風呂にためたお湯使えば、しのげるし、
敢えてポリタンクとかポリバケツに貯めてほくほど必要なことや、
必要な人たちってそんなに多いかな???
第一、ポリバケツに貯めて、それを一体何に使うの?
その時点で、飲み水にはしたくないやろ。
そして、そのバカでかいポリバケツをどこに置くんだろう。
ポリタンクはまあいいとしても、なんでバケツがそんなに必要??

だいたい、お水が…って、一気にみんながそんなに貯めだしたら、
余計に水の無駄な使用量が増えるじゃん。

確かに、中には心配症で買っておかないと落ち着かない、という人もいるかもしれない。
今後、平成6年の二の舞にならないとも限らない。

また、松山のある一部の地域は、常用している地下水の水位が異常に下がり、
水を使えなくなった、という人達がいるので、その人たちはいるだろう。

しかし、そんなバケツコーナーの棚から一切のバケツがなくなるほどに、
みんなそんな、バケツ必要か??

その後、ちらりと寄った100円ショップのバケツコーナーも、やっぱりすっからかんだった。


私はオムツ用のバケツが欲しいだけだったのに…。

ちょっと、過剰に反応し過ぎる人が多くないかい?
梅雨はまだこれからなのに。

松山市民はあの平成6年の大渇水以来、ミョーーーーに水に関して敏感で、
毎年毎年、早め早めに節水を市から言い渡される。
今回も、梅雨入りを待たずして、節水の街宣カーが通りをまわっている。

で、どんなもんかいな?と松山の水源、石手川ダムの本日の貯水率を見てみた。
まだ80%は越えている。

まーー石手川ダム自体の貯水量が、この松山市の人数の規模からして小さすぎるので、
80%とといえども安心はできないし、無駄に使っていいこともない。
そして、ダムの貯水率の水位が、平成6年と同じ下降線をたどっているのが、
見る人が見たら不穏な予兆に見えなくもないが…

そんなにヤバい?
ちょっと過敏になりすぎてない??

あれ(平成6年)から松山市民は、かなり節水意識も高まって、冬だろうが春だろうが、
普段の生活から水はかなり大事に使ってきてるはず。
雨が少ないなぁ…なんて、体感しながら、今年の水は大丈夫か??なんて会話が
普通に世間一般の会話として最初に出るくらい、水への関心は高い。
だから、そんなに不安をかきたてるような扇動の仕方をしないでほしいなぁ。

私だって、この夏、断水なんかになったりしたら、ホント困る。
普段から大事に大事に使ってますよ。
しかし、みんなのそんな動きによって、危うく私も不安の波に押されそうだった。

とりあえず、落ち着こう・・・と自分に言い聞かせて心にブレーキかけた。


結局、バケツは買えなかったが、それに替わる いいゴミ箱を自宅の物置から見つけたので
それでスタートすることにした。
無駄な出費をしなくて済んだや。ラッキー。

しかし、かわいそうなのはsolaちゃん。

今週から始まるプール開きを楽しみにしていたのに、どうやら市内の小・中は、
12日までにプールの使用を見合わせる方針にしたようだ。

それはしょうがないかな。
ガッカリのsolaちゃん。


posted by ギャロパン at 00:24| 愛媛 ☁| Comment(6) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年10月29日

う〜みさん

今月の学校参観の日は、小学校創立80周年記念の行事で、
う〜みさんという方が来て記念コンサートをされました。

う〜みさん??

って、誰?

って、全然知らなくて、特に事前に下調べもせずに
勝手なイメージでは、おひげを生やした山男風ながっちりした男性…と思っていたら

なんと登場したのは158cmの小柄な、おめめクリっとした女の子…
女の子というにはちょっと語弊があるかもしれないけど、童顔な顔なので、
きっと実年齢よりは下に見られることの方が多いと思われます。

で、この人は、どういう人かというと、
私たち愛媛に住む者にとっては、地元民放のあいテレビのテーマソングでもある
♪♪ うれしいときも かなしいときも なにはともあれ 愛があればね ♪♪♪
というフレーズを聞くと馴染み深いが、その歌を歌っている人なのだ。

全国的なことで紹介すると、『千と千尋の神隠し』で ♪ラララ〜♪ の挿入歌を
歌っている人である、といえば、少しは馴染みあるかな。



なにせ、その人がsolaちゃんの小学校にやってきて 講演?歌?おしゃべり?を
しに来てくれた。

う〜みさんの基本情報は、ウィキペディアやここで確認できるけど、
今日、私が聞いた話をかいつまんでお話しましょう。

*********************************

う〜みさんは函館出身で、30歳チョイ、大学はバスケの選手の推薦として
大阪の大学に通い、現在は高知県を拠点として全国転々とライブ活動。

身長が158cmという低さにも関わらず、バスケの選手として大阪の大学へ?
そのわけは、ジャンプ力と、走る速さと、ボールの行方を読む力。
北海道から大阪ってえと、これは、かなりの異国感はいなめないでしょう。

一人暮らしをし始めて初めて、ご飯を毎日準備してくれてたお母さんのこととか、
光熱費を払ってやりくりしていた両親のことを思い、感謝の気持ちが芽生える。
(もう、ここで既にウルッと来てました)

で、バスケ推薦で来たのだから当然、バスケ漬けの毎日…
と、ある日、選手同士の衝突により頸椎を損傷するという大けがを見舞い、
バスケの道を断たれる。
バスケどころか、日常の生活もままならなくなり、手に力が入らずコップを持てなかったり、
指が思うようにうごかなかったり、失禁してしまうこともあった。
それは、頭と体の感覚がうまくつながってないためなのだが、消えて無くなりたいと思う中、
ある時 大学の友人に音楽のサークルに誘われる。

その時は、指もうまく動かせない状態だったのに、毎日毎日ピアノで指を動かす練習をし、
1年ほど経ったある時、後輩に「う〜みさんのようになりたい。」と言われる。
一所懸命な姿と笑顔と歌声が素敵と。
その言葉によって、自信を取り戻し、自分は音楽に生きて行くことを心に誓う。
それからオーディションを受け、デモテープを送ったりして宮崎駿さんの目にとまったり、
音楽活動をしていく礎を作っていく。

*************************************


ネット情報によると、もともと音楽的才能はあったらしく、小さい頃から絶対音感をもっていた。
らしい。


ざっとこんな感じだけど、この人は、とにかくお話がうまい。

希望に満ちて、バスケでやっていく!と意気揚々とやってきた遠く離れた地で、
ある瞬間からバッサリと目標を失ってしまうときの心理描写を
本当にうまく話してくれて、それがただ暗いだけの話じゃなくて、
今の明るいう〜みさんの中から生まれてくる そのつらかった時代の話、

その心境を想像するにつけ、本当に泣けて泣けて、でも周りに人はたくさんいたので、
抑え気味に…

その後には学級で懇談会もあることだし、泣いてはいかん…と思いながら聞いてました。

でも、その後に歌ってくれた歌(・・・題名忘れた。今検索しても分かんなかった)を聴くと、
その優しい歌声とともに、歌詞にやられてしまい、もう涙を我慢できなかったよ。

で、今度、11月4日(火)日テレ系『誰も知らない泣ける歌』に、
吉本新喜劇若手座長小籔千豊(こやぶかずとよ)さんが、
2年前に亡くされたお母さんを思って作った詞に う〜みさんが曲をつけた歌
プリン
が放送されます。

これを 聞いてしまった日にゃぁ・・・・

もう、涙がボロボロです。


う〜みさんは、単にニコニコちゃんではありません。
自身がつらい絶望の時を味わい、両親の大切さを心底実感したからこそ
今、その当たり前だけど大事なことを子どもたちに伝えようと、全国各地を回ってるらしいです。



今日は、ナントカ記念コンサートの後の懇談会の司会があるから、
学校行かないとな…と思っていたのに、

コンサートを終えると、ホント、来てよかったなぁ〜〜〜っと心から思いました。

その後、体育館の入口にてCD販売をしていて、う〜みさんがサインもしていたのに、
それに飛びつけなかった悲しい家計事情の私。




そういう記念コンサートの後の学級懇談会って、
わざわざ教室までもどって、そうそうみんな出席しないよな〜〜って
思いながら、私は今回の懇談会の司会進行役だったので気軽な気持ちで臨んだ。

ら、意外にも、(うちのクラスだけ?)14,5人ほど集まり、
ざっくばらんな進行で、打ち解け話も少しはできたかな?


ま、その懇談会はどうでもよくて、
今日はう〜みさんの歌とお話に感動の渦に巻き込まれた私でした。


posted by ギャロパン at 23:43| 愛媛 ☀| Comment(7) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月12日

自由研究

・・・の課題にしたいくらい、よいものが撮れました!

この夏、8月入った頃、普段から、我が家の小さな菜園、パセリの森に、
青虫がハムハムとよく食ってくれるなぁと思いながら、
柄を見ながら絶対にチョウチョだ!と確信して、そのまま見守りつづけていました。

すると、そのパセリの森から30cmほど離れた直径3〜5cmくらいの細めの枝に、
8月も終わりのある日、その青虫は きれいな体制を取ってピタリと留まってました。
080821.jpg

あ、これは、これからサナギになる準備だ!と思い、
早速シャッターを切り、これからちょくちょく様子を見て写真を撮ろうと思いました。
1日経ったら早くもこんな感じ。
表面は乾燥してそうで、まだ乾燥してない。
080822.jpg

サナギって乾燥していいの??
何も飲まず食わずよね?
いくら乾燥していいっつったって、8月の暑い日差しにずっとさらされる場所を定位置にしてしまった
その青虫は、あまりに小さく、頼りなく、中の液体が沸騰したらいかんかな、と思い、
080822_2.jpg
毎朝庭の水やりをするときに、やさしく水をかけて、その後、solaちゃんがビニールプールで遊ぶ時の
ビーチパラソルを持ち出して来て、そのサナギがなるべく日陰に入るように角度を作ってやって
仕事に行っていた。

毎日毎日、庭の水やりのときに、サナギを見るけど、見た目はなんの変化もない。
たまにシャワーの水をかけると、プルプルっと動いたりしたので
あ、まだ生きてるんだ、と確認していた。
一応、ビーチパラソルも、毎朝開いて毎夕片付けた。

少し前に、サナギの形になりかけた青虫が途中で無残に死んでしまい、アリの餌食になっているのを
同じ庭で発見していたので、
そのサナギももしかしたらもう、中身は死んでいるのかも、と思いつつ、
シャワーにも反応しなくなって何日も経った。
でも毎日 朝に水をかけて、ビーチパラソルを開いた。

それがある日、サナギに水をかけるのを日課にしていてあまりに無意識だったのだが、
ヒョイッと水をかけた後、視線は既に違う方向に行ったのに、
なにか白目の端でチラリと動くものが見えた。

見ると、

アゲハ蝶だった!!!

絶対に、私の育てた(?)アゲハだ!!と思い、慌ててカメラを持ってきて撮影した。
080902_1.jpg

まだサナギから羽化したばかりなのか、私がうっかりかけた水を浴びても
そこから飛び立とうとしなかった。
本当に私のサナギ?もしかしてただの弱ったやつがやってきただけ?と思い、
サナギをよーーーーーーく見ると、
080902_2.jpg
完全に中身はなくなっていた。

うっすらと透き通り、中身は出て行った形跡がある。
背中がパリパリと割れるのかと思っていたら、開いていたのは頭の部分だった。

慌てて撮った写真はアゲハの羽の内側(?)(下から撮った状態)で、
きれいな状態を背中から撮りたかった私は、もう一度少し水をかけてみた。
細い芝生にしがみついていたアゲハは、体制を整えて起き上がって停まった。
080902_3.jpg
よしよしよし・・・
とりあえず、横スタイルを撮るか。

しかし、慌ててシャッターを切る私をよそに、アゲハは一向に動こうとしない。
じゃあ、落ち着いて撮ってみよう。

ということで、近づいてアップにしてみた。
080902_4.jpg
わーーー、ストローな口が、とってもよく見えるね。
かなり近づいて、かなり私が動いてるのに、一向に動かない。
もしかして、本当に羽化したばかりなのか。
だとしたら、サナギから出てくる瞬間もみたかったなぁ…。

動かないのをいいことに、バシャバシャ撮りまくった。
080902_5.jpg

あんまりにも動かないんで、もしかして、触っても大丈夫かも・・・と思い、そっと指を伸ばした。


080902_6.jpg
大丈夫。

私、正直 、蝶は苦手でした。
リンプンがまき散らされるのが。

でも今回は、私が毎日お水とパラソルで看病(?)したのだから、思い入れが違う。
「ヨチヨチ♪」と声をかけて羽をなでると、
ようやく見事なその羽を、きれいに広げて私の方向へ見せてくれました。
080902_7.jpg

朝からちょっとした幸せ。
posted by ギャロパン at 00:10| 愛媛 ☀| Comment(7) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月08日

カード スキミングにご用心

先日の土曜日の平和な午後、
自宅の電話が鳴った。

自宅に電話がかかってくるのは 実家の母か やんちゃぁか、
親しい友人のみ。
それ以外なら確実に変な勧誘・営業電話だ。


出てみると見知らぬ女の人の声。
「○○様(やんちゃぁの名前)いらっしゃいますか?」
あーまた怪しい営業だな。
「あいにく只今留守にしておりますが…」というと、
なんと相手はカード会社の調査会社だと言う。

なんだか急にイヤな予感がよぎる。

またやんちゃぁが とんでもないことしでかしたか、
変なことに巻き込まれたか…。

カードの使用に不審な点があるので確認したいと言う。
「使用金額が多すぎるのですか?」
(また何かやばいもんでも買ったんじゃなかろうねぇ…)と
イラッとする私。

しかし、そこは個人情報なので、本人にしか言えません、と。
なるほど。確かに。

あくまでも やんちゃぁはただの留守、ということにして
連絡取って折り返し電話することにした。

胸騒ぎを抑えつつ、やんちゃぁに即電話!!

すぐにでも電話をするように!と伝えて
やんちゃぁからの電話を待つ。


果たして結果は、

不正な使用であった。

やんちゃぁはここ1年は四国・中国・京阪神しか行ってない。

のに、愛知県の○○カメラで10万相当のカメラを
立て続けに買っている。ことになっているらしい!!


緊急に、やんちゃぁが財布に入れている別のカードの明細も調べろ、
と、私に指示をした。

カード会社にネット登録さえすれば、今時は発送前の請求明細を見ることができる。
登録は結構面倒だけど、どうにかできて、明細を・・・・。





!!!!!!!!

なんとやはり!(?)不正な使用が!!

9万円相当のものが3つ購入されたことになってる。
これまた名古屋で。

おいおいおい!!

ソッコーでカード会社へ電話してカード使用を止めてもらった。



結局、どちらのカードも、不正使用分は請求されなくて済むのだけど、
問題は、いつどこでスキミングされたか。

やんちゃぁは普段は会社と家の往復だし、
カードを使うときといえば、京都から松山へ帰ってくる
交通機関のため、JRや船や高速バス…

そんなところでスキミングされる可能性はないだろう。


さっきネットで調べたら、
携帯サイズくらいの小ささでカードの磁気情報を読む
カードリーダーなるものがあるみたい。
近づけただけで読めちゃうんだと。

で、スキミングブロックという、そういうカードリーダーを
遮断するカードもある。

怖い世の中よのぉ。


って、今、自宅の電話がワンコールで切れた!
只今午前1時40分!
こわい!
posted by ギャロパン at 01:43| 愛媛 ☁| Comment(9) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月13日

知事選

愛媛県知事選が21日ありますね。
投票行きますか??

私も一応行く予定にしています。

が、問題は、投票する人が・…
これぞ!という人がいない。

でも、絶対に今の加戸さんには入れたくない。
教科書で、扶桑社のものを採用したからです。
覚えてますか??

あの物議をかわした扶桑社を全国でも東京都と
こんな片田舎の愛媛で採択した、というだけでも
なんで?!!と思うけど、

その決め方だって、
教育委員会の採択メンバーは、加戸さん本人が任命した人たちで
構成されていたし、

採択をしてからは、採択委員たちを報道陣からシャットアウトさせるという暴挙。

その、採択理由にしても、採択過程にしても、不透明なままで、
全て、加戸さんがワンマンで傲慢なやり方で
愛媛県の民意を一つも反映せずに勝手に採択したような印象です。


それに、もう、2任期8年を知事で務めています。
それだけでも十分長いと思いますが、
もし、もう1任期を務めるとすると12年!
12年も知事に君臨していると、どんな潔癖な人でも
癒着までいかなくとも、「はからい」や「おこぼれ」っぽいことは
一つや二つあるように思います。

平気で、3期目もやろうというその根性も気に入らない。




あーー悪口こんなに赤裸々に書いていいもんか知らないけど、
(しかも、選挙活動期間中に)ホントに嫌い!あの人。

あの人に入れないのは確実としても、
残りの二人も頼りないねぇ。

1人は、若くていまいち公約もアバウトすぎてわかんない。
悪いけど、顔もなんかいけ好かない。
(ものすごい主観ですみません)

もう1人は、私のして欲しい政策をたくさん掲げてくれてるのだけど、

共産党推薦・……。

どうなんかなーー。
共産党推薦が愛媛県で当選したことあるんかなぁ。
超保守王国だもんねぇ。

てゆーか、共産党って聞いただけで あぶない人たち、という印象は、
今もあるのか、もう古くなって来てるのか。
私の中では弱小党というイメージなんだけど。

ということで、日本共産党のサイトを斜め読みしてみた。

ブログネタにしない限りは全くアクセスしなさそうなHPだけど、
まあ、こういう きっかけで見てみるのもよいかも。

で、
やはりというかなんというか、政治関係はうさんくささがまとわりつく。
まあしかし、書いてあることは悪いことではない。
かといって、きれい事ばかりでどこまでが本気なのかも素人の私には全然読めない。




と、
ここら辺の話を
会社の女の子たちとグダグダしゃべっていて、
全く選挙なんか関心ない、投票に行ったことない、と行っていた子が
「行ってみる気になった。」と言っていた。

というわけで、
現状に満足していないアナタ、投票にいきませんか?

by愛媛県選挙管理委員会…じゃないよ。
posted by ギャロパン at 00:43| 愛媛 ☁| Comment(5) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月20日

死刑は必要か否か

いきなり重そうなタイトルですが、
私のHP(更新してないけど)のbbsで話題にのぼったので
改めてここに書こうと思います。

山口の母子殺人事件の当時未成年、そして、広島の女児殺人のペルー人、
どちらも原告側は死刑を望んでいたけど、
前者は差し戻し、後者は無期懲役で、
くやしさをにじませたインタビューが何度もテレビで流れました。

いや〜〜、まず、山口の本村さんはすごいな、と何度も思います。
事件当初から現在に至るまでの本村さんのインタビューを見たけど、
初めから、あの人は感情的でありながら、言葉は理路整然としていて、
彼なりにいろいろ調べたり勉強してるんだと分かるくらい
あらゆる角度から考察し、計算されて組み立てられた言葉でした。
そしてその説得力というのは、ただものならぬ重みと強さを感じます。

それに比べて、弁護士側の幼稚な行動、説得力のなさは、
素人が聞いても明らかです。

広島の小1の女の子のお父さんも、事実を明らかにしたことで
自身は生きにくくなったと思われますが、娘の無念の死に
どうにか一矢報いたかった気持ちは、痛いほどわかります。


さて、そこで、両者の原告が死刑を声高に主張し、メディアもとりあげ、
死刑判決が出なかったことに国民の多数も同じように無念であったように、
報道されていました。

被害者が受けた苦しみや、親族のつらさを考えれば、本当に死を持って
償って欲しいと思うけれど、それは単なる感情論で、
実際、考えると、単なる死で償えるのか??と疑問に思います。

人が人の死を決める、というのもなんだか不条理のように思うし、
あの被害遺族の本村さんを小馬鹿にしたような失礼極まりない弁護士のように
死刑廃止論者が意固地になっているのを考えると、
死刑と無期懲役の間の刑を作ればいいのに、といつも思うんです。

だいたい、この二つの刑の間の開きが大きすぎるから、どちらも納得しないんでしょ。
そもそも、無期懲役ってなんだ?

模範囚ぶっていれば、だいたい20年もしないうちに
世の中に出られるらしいけど、
そんなんで10年そこそこで世間に出てこられた日にゃぁ、
被害者家族も納得しないし、私たち世間だって怖いよ、
知らない間に近くで一緒に暮らしたくない。

そこで、提案します。

懲役80年とか、100年とか作ってはどうでしょう。

100年あれば、少々模範ぶって20年、30年減らされても
残り懲役80年とか60年だったら、
万が一運良くシャバに出られてもすっかりヨボヨボの年寄り。
再び凶悪犯罪を起こそうとする気力もないでしょう。

もちろん、税金でタダ飯なんて食べさせません。
勤務制にして、働いた分のチケットをもらい、チケットにより
身の回り品、食料を手に入れることができるようにしてもらう。
その相場は、世の中の最低賃金よりも少な目に設定する。
老後の病気などに備えて、そのチケット制は、初めから何割か天引き。

そして、1日1回は、被害者へ対して祈る。
毎年、彼岸と命日にはお花とメッセージを送る。


とにかく、反省と労働の日々。

死刑になって、さっと死ぬよりも意味はあるのではないだろうか。
大阪池田小を襲撃した詫間は、自ら死刑を望んでいた。
死刑判決に喜んでいた。
反省は一切なかった。

こいつに、こころからの反省を求めるのは、一生ムリだったかもしれないけど、
希望のままに、さっさと死刑執行されて、なんだか釈然としないものを感じませんでしたか?
被害者の気持ちは晴れましたか?

先進国で実質的に死刑の続いている国は少数派です。
アメリカでも、州によっては廃止しているところもあります。


あと、よく言われているのは、犯罪抑止論。

死刑があるから、極悪犯罪が減る?????
そんなのあり得ない。
実際、こうして日本で次々起こっているし、死刑制度のない国で
重大な犯罪の数が飛び抜けて多いか、と言われると、そんなデータないでしょ?

人が人を殺すとき、その犯罪者の中の一体何人が、
犯行を起こすとき、死刑になるからやめよう…なんて考えたりするのだろう。



以上のことを考えて、死刑制度を存続させる本当の意味って
あまりないように思えるんですけど…。

同じく、無期懲役の「無期」にも、どんな意味があるのか分かりません。
もっと普通の人にもわかりやすく、ハッキリと年数で示すべきだと思います。
「無期」なんていう言葉でごまかされてるからわかりにくいけど、
結局、「懲役13年」とかと同じじゃん。

起こした犯罪の重大さ、世間に与える影響、捕まってからの犯人の態度、
遺族たちの心の傷の深さ、これらすべてを考慮して、懲役の年数を決めて、
裁判中とかでも態度悪かったらドンドン年数を増やしていったらいいのでは。

犯人が憎いからこそ、
勝手にさっさと死んで楽させようとは思わないからこそ、
単純な「死刑」と「無期懲役」に反対します。



posted by ギャロパン at 01:31| 愛媛 ☔| Comment(4) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年07月06日

純情きらりが中止になるほどの大事件

まだ中学生や高校生の青い頃、
なぜ日本は自衛するために軍隊(=自衛隊)を持つのか、
この世の中、武装をやめて丸腰になった国を、
どこの国がそんな突然、非人道的に襲ってくるのか。
そんなことはあり得ない。
あったとしても、世界各国が許すはずがない、
こてんぱんにやられるだろう。
ここは潔く日本は軍隊をなくそう。
国内災害の救助に使う以外は全く持って無駄な予算であって、
すべてを無くしてその費用を老人・障害・子どもの福祉に当てろ、
と思っていたものだった。

しかしそれは、近代の西欧とアメリカを中心とした
資本主義社会の紳士的価値観であって、
世界がそれと同じ価値観を持つかというと、
まったく違う。

いや、アラブ諸国のテロたちや、私たちには理解し得ない
宗教戦争を繰り広げている人たちは、
これまた全く我々と違う価値観の元 生きて戦っているのだから、
まあ、世界にはいろんな国があって、いろんな価値観があって…
ということを頭で分かってはいたけど、
日本の隣国がこんなにも違う価値観の世界だと、改めて今回気づいた。

丸腰になってるから、相手(=他国)は襲わない、
なんて、
考えてみたらものすごい武士道精神であって、
そういうのが通用する世界の方が少ないのかもしれない。

自衛隊は必要なのか、
米軍への思いやり予算は必要なのか、
今まで何度もテレビなどで議論を見てきたが、
私自身、こう!となかなか決めがたかった。

しかし、今回のこのようなことがあると、
それらも必要、と思わざるを得なくなってくる。

なんの予告もなく、
単に自国の威力を誇示するためだけに、
他国の上空や海域、もしかしたら領土まで脅かすなんて、
日本人からしたら、全く持ってあり得ない。
ポンポンと7発も打ってくるなんて、狂気の沙汰としか思えない。

近くを飛んでる飛行機にあたったら、
たまたま通りがかった漁船に落ちたら、
もしもまかり間違って他国の領土に落ちたら・・・

って、考えないんだね、あの国は。
むしろ万歳なんやね。
電話インタビューであちらの国の人は
うれしいニュースだ、と言っていたのを聞いて、
ああ…これは、とにかく交わりあうことはできない…
つまり話し合いで解決なんてできないのでは…と
空恐ろしくなった。

どうなるんだろう…。
これもし、けが人が出ていたり、領土に落ちてたりしたら、
どうするのだったんだろう…。

戦争だけは避けたい。
あんな変態な国を相手にしてたら、
本当に平気で核爆弾とか使ってきそう。
迎撃ミサイルもどこまで効果あるのか…。
戦争で解決できることは一つもない。
戦闘を起こせば、報復報復で、恨みはいつまでも消えない。

でも、ミサイル打ち込まれて何もできない国ではいけない。
そんなときの自衛隊や米軍の空母が動きだし、
いそいそと動き回っている姿とかが頼もしく思えちゃうのは
私も危険思想になってきたってこと?

つい先日もブッシュさんとの蜜月ぶりを披露した小泉さん、
ブッシュさんも一緒にジェントルマンな対応をするように促しを望みます。





posted by ギャロパン at 01:40| 愛媛 🌁| Comment(2) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年03月17日

許せないこと

中央分離帯のある大きな道路で信号待ちをしていて
ふと、中央分離帯の植え込みに目がいった。

なんと、空き缶、たばこの空箱に吸い殻、ナイロン袋に、
割り箸まで、「ザ・ゴミ」が散乱していた。

2車線、もしくは3車線の真ん中だから、
歩きながら人が捨てたとは思えない。
車から捨ててるんでしょう。
しかし、普通にゴミを車外へ捨てるなんて、
どんな神経の持ち主なんだ?
そんなシーンにでくわしたこともないのに、
思いの外、ゴミが多くてビックリした。

もし、あれが我が敷地内なら、ゴミ袋に片っ端から拾って入れたいが…

などと考えてふと思い出した。

10年ほど前、お茶を習っていたのだが、
まだ当時小学生だった一緒に習っていた女の子が、
毎週末、大通りの中央分離帯のゴミを拾う、
というボランティアをやっていたのを思い出した。
小学生で毎週末ボランティア、ということも衝撃だったけど、
毎週ゴミ拾いをやっていたにも関わらず、
相当なゴミが出る、と言っていたのも驚きだった。

そんな大量のゴミが出るということは、
相当数の人がそんなゴミを平気で捨ててる、っつーことなんやね。

相当なモラル違反だと思うんだけど、
そんな人が多いというのも驚きだし、
そんな世の中を思うとイライラしてくる。

私はかなり車に乗る方だと思うけど、
車からそんなゴミを捨ててる人なんて、ほとんど見たことないけど、
みんな、夜捨ててるの?

それに関連して、

我がマンションの郵便受けのことも思い出した。
集合マンションの郵便受けの取り出す側のスペースは、
ウナギの寝床のような細長い狭い空間になっている。
ちょっと目立たなくて地味な場所だ。

で、郵便受けに新聞の折り込みでない、勝手に入れられたチラシが
毎週末1,2枚は入っている。

新聞と一緒に折り畳まれてないから?
そのピラピラ1枚が邪魔だから?
とにかく、
毎週、そのピラピラのチラシを、そのウナギの寝床のような
奥まったスペースの一番奥にポンと置いて去っている人がいるのだ。

ひっそりとした地味なところなんだけど、
一度気にし始めるとすご〜〜く気になる。
毎週末、その奥まったところにポンと置いているのを見ると、
ムショーーに腹が立ってくる。

なんでこんなに自分勝手な奴が多いんだ。

他に人がいたら絶対にしないくせに、
誰も見ていないとなったら、簡単に捨てやがる。

そういえば、以前、角の一軒家に住んでいたとき、
しょっちゅう塀の上に、空き缶が置かれていたよな。
パンとか食べたあとの食べかすなんかも投げ込まれたこともある。
すご〜〜〜〜〜〜〜〜く腹が立つ。

小心者のくせに せこいことする奴が大嫌い。
posted by ギャロパン at 00:15| 愛媛 ☁| Comment(11) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月19日

これを書くのは勇気がいるけど、誤解を招きたくないのでよくよく読んでください

またも子供が犠牲になった痛ましい事件が起こりましたね。

あんな無力な子供を20カ所も刺すなんて、
一報を聞いたとき、犯人はよほど(何に対しては分からないけど)恨み辛みが深いか、
もしくは、ちょっと気の狂った人、と思っていました。

いや、どんな恨み辛みがあったとしても、たった5歳の子供をあんなに刺すなんて、
やはり人としてどこかおかしい人だと思いました。

でも、犯人は中国人と聞いて、ある種の納得感が沸いてきました。

ここで、誤解のないように先に言っておきますが、
けっっっっっっっっして、中国人蔑視ではないんです。
中国人に対してのみならず、何人にしても、日本人でも友人でも、
偏見や思いこみ、一つを見てすべてを決め込むような考え方をすることは、
私のもっとも嫌う部分です。

それでは何が納得なのかと言うと、
これは、何千年も続く民族のDNAに刷り込まれた日本人との違いなんだろうなぁ…
と思ったことです。

日本人は、島国で、単一民族で、他の民族からの襲撃を受けることも少なく、
同じ顔した同じ感覚を持った、そう大きく変わらない環境で生まれ育った民族の集まりで
皆まで言わなくても心中察することができるため、
自己主張をすることはスマートではなく、
出る杭は打たれるため、なるべく人と違うかけ離れたことはせず、
武士の情けの言葉どおり、敗者を完璧にはやりこめず、
自分のためにも人には情けをかけて、
争い事をなるべく避けるために顔で笑って心で泣くような、
もちろん、個人差はありますが、そういう民族なんだろうな。

そして、中国人は、
とにかく、あの大きな大陸で、日本なんかができる何千年も前に既に、
民族闘争は始まっており、現代に至るまで常に、外部民族からの襲撃を受け、
自分たちも領土を広げたり力をつける準備を怠らずそのための知恵も培われ、
違う民族に支配されては昨日の敵に忠誠を誓い、誓いつつも常にクーデターの好機をうかがって
タフで闘争心も高く、食うか食われるか、弱肉強食、やられる前にやってしまえ、
それが生きる術なんだ、という環境で作られたDNA。
きっと、自分の敵と認めた者、自分の保身のために邪魔な者は
完膚無きまで徹底的に息の根を止める、これまたもちろん、個人差はあるけど
そういう民族なんだろうな・・・

って、私は全然中国に詳しい訳でなくて、
単なる歴史で習った簡単な事実や(これも偏りがあるかもしれないけど)、
中国の歴史映画や、小説なんかをほんの少し聞きかじっただけの印象なんだけど、
それでここまで書いてしまうとそれこそ決めつけだ、なんて思われるのは本当に不本意なんだけど、

とにかく、
日本人と中国人は、根本的に価値観が違うし、
この長い年月を経て培われたDNAは、そう簡単には変われない、ということです。

いたいけな子供を20カ所刺す、

このことは、日本人からすると、かなり特異であり、理解できないし、
どう考えても弁明の余地なし。

そこで考えたのは、中国の中でこういう事件は特異なのだろうか、ということでした。

福岡県で一家が小さい子供までも一緒に殺されて重石をつけられて海に放り込まれた事件、
あれも中国人の犯行でした。

この二つの事件だけを見て、中国人=残酷 と捉えるのは危険です。
中国人でも温和で人なつこい人もいるし、おもしろい人もいます。
でも、中国で起こる殺人事件て、こういう徹底的な残忍ぶりが、実は珍しくないのかも。
それは、前述したように、日本人より残虐という捉え方ではなく、DNAに刷り込まれたせいで。

ここで再び、誤解の無いように言っておきますが、

今回のこの事件、私はDNAがそうだから、仕方がない、と言ってるわけではありません!!
私だって同じ五歳の娘を持つ親として、
もし被害者の親なら、逆に100カ所刺して殺してやりたい気持ちです。
どんな理由があっても、こんな卑怯なことはありません。
相手は子供、たったの五歳。
力も弱く、逃げる術もしらない。無抵抗に近い。
それを、あんな自己中心的な理由で あそこまでの犯行に至るなんて、言語道断!
これからのすべての人生を謝罪と反省の気持ちで過ごしたとしても許せません!


いえ、何が言いたいのかというと、

子供を20カ所も刺すという日本人から見ての異常性は、
ある国から見ると実は異常ではないのかも。
最近の韓国との竹島問題然り、中国外交然り、
私たちの倫理の理解を超える行動が目立って、近い国、同じ黄色人種でありながら、
価値観が恐ろしく違うのだと思わざるを得ません。

そこで、民族の背景や歴史を考えると、なるほどねぇ…と勝手に1人で納得したんです。


でも、


この事件を受けて、今後、我々日本人が最も気をつけなければいけない、と思うことは、

今まで以上に身の回りの外国人と交流を深めて理解を深めなければならない、ということです。
決して外国人、特にアジアの人たちを遠ざけてはいけない。
このせいで、中国人への偏見を強めてはいけない。


今回の事件の犯人は、被害妄想が強かったとはいえ、
言葉のあまり通じない外国で、不安要素はかなり大きかったと言えます。

日本人の悪いところで、
知らない人、外国人、変わった人を排除し、関わらないようにする姿勢は、
悪気はなかったとしても、疎外感を与え、孤独にさせ、被害妄想に拍車をかける要因です。
その土地になじみのない人、新しい顔にこそ、周囲の人間は自ら近寄っていって心を開かせて
地域の輪に入れてあげるように働きかけねばならない。
もしあなたが不安いっぱいでアメリカの地に移り住むようになったとしたら、
きっと、みんなフレンドリーに迎え入れてくれて、
たとえ言葉は通じなくてもすぐにその土地に馴染むと思います。

数日過ごすお客さんには外国人でも親切にできる日本人だけど、
移り住んでくる外国人には、なかなか近づかない、遠巻きに見るだけ。

もし、犯人の周りに、もう少しフレンドリーな友人知人がいたとしたら・・・。



恥ずかしがり屋で怖がりさんの日本人DNAに渇を入れて、
勇気を持って大胆に行動するフレンドリーなDNAを活性化させましょう。

って、完璧主義で批判されるのに弱いDNAを持ち、
ここを書き上げるのに、辞書やネットで慎重に調べたり
いいわけがましい書き方で文章が無駄に長くなってしまって
推敲に推敲を重ね、3時間くらいかかってしまった私が言うのもなんですが…。




posted by ギャロパン at 02:56| 愛媛 | Comment(6) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年08月28日

難しくないよ、柔らかいよ

愛媛県教委が扶桑社の歴史教科書を
県立中・養護・ろう学校で使用することを全会一致で採択


いきなり 小難しい文章で始まりましてすみません。

このニュースをはじめ聞いたとき、まず「はぁ?!」と思いました。
あれだけ 世間を騒がす扶桑社の教科書を、
去年に引き続き易々と、そして、全会一致で採択とは?!!
インタビューに答える知事もご満悦の様子。

愛媛県が!また、全国でもかなりの少数派の扶桑社採択てて、
何でも中庸、何でも中途半端の愛媛県らしからぬ突出した出来事ではないか。

扶桑社って、「戦争美化」や「国粋主義」とかで騒がれてるアレよね?

でも、実は私、扶桑社の教科書を読んだことないのです。

ニュースとか、人から聞きづてで知ってるだけなので、
まだ、えらそうなことは何も言えんな、と思い、
とりあえず、ネットで広く扶桑社の歴史教科書に関する話題を拾い読んでみた。

ちょっとコアな、細かい文章の書き方を指摘している人もあれば、
おおまかに、韓国や中国の感情を逆なでする教科書をなぜわざわざ!と憤る人もいる。

扶桑社支持の人たちの ちょっと尋常じゃない思いこみなんかを読むと、
内容は扶桑社の教科書を指示しているものなのに、どんどん気持ちが冷めて
扶桑社怖し!と逆効果な印象を与えるものもある。

しかし、内舘牧子さんとか、櫻井よしこさんとか、
ちょっと一目置いている人が支持していると、どれどれ…なんて読んでしまう。
これも偏見と先入観かしら。

櫻井よしこさんのサイト
http://blog.yoshiko-sakurai.jp/archives/2005/05/post_341.html
(内舘さんはブログやサイトが見つからなかったけど、東京都の教育委員会で
中学校の教科書に扶桑社採択を決めたメンバーの一員)

二人ともそんなに狂信的愛国主義者には見えないけどねぇ、
それは、それなりの理由があるのだろう(かなり傾倒)…と
その理由を探るべく櫻井さんのサイトを読んでいくと、
確固たる信念の元に自国を愛して養護している、という強い主張が読みとれる。
かといって、日曜日に大きい音楽とスピーカーでうるさく街中を走る人たちとは違う、
人を納得させる力が感じられるんだな。(おお、ペンは剣よりも強)


ホント、何度も言うけど、私は扶桑社の教科書読んでないから
断定できることは一つもないんだけど、(なら書くな?いや、書きます)

話をまとめると、

扶桑社の教科書は、検定に通るために百箇所以上も書き換えて、
やっとこさ、検定に通ったんだと。

そして、扶桑社の教科書のいいところは、歴史の事象を羅列する他の教科書と違って
歴史を物語のようにつづっているところと、
歴史に興味を持たせるように歴史上の人物を取り上げたり
歴史の事象の背景やつながりをうまく説明しているらしい。

なるほど、

それは よいかもしれない。

高校時代、歴史の大っ嫌いだった私は、教科書は年表のように捉えていて、
ただ詰め込みして覚えるだけだったのだけど、成績のよかった友だちに勉強法を聞くと、
教科書を何度も読んで、物語のように捉えること、と教えてもらった。

また、当時、二人の世界史の先生がいて、一人は生徒にも大人気、
その先生のおかげで歴史が好きになった、という人は数知れず、
一方は、授業を受ける生徒は皆、歴史が嫌いになる、という対照的な先生。

大人気の先生の何がよいか、というと、授業で歴史の話を聞くとまるで、
紙芝居か琵琶法師のように、ぐぐっと話の中にのめり込んでしまい、
授業終了の鐘が鳴ると ああ!次の話が楽しみ!と思ってしまうような話っぷりらしい。
(残念ながら私は、後者の先生に教わってしまったのだけど)

という経験をふまえると、扶桑社の教科書を書いた人たちは
とっても文章が上手なのだと思う。
それなら他の社もうまく書いたらいいのに…。

だがやはり、扶桑社の戦争に対する記述がチクリチクリ
日本擁護・日本正シ、スバラシ的な書き方になっているのも否めない。

「新しい歴史教科書をつくる会」の見る日本も、間違いではない。

一つの事象に対して ある一つの意見があれば
必ずそれと反対のベクトルを持つ意見があり、
そのどちらも正しいとも間違いとも言えない。

と、常々私は思っているのだが、
ここで問題なのは、「新しい…つくる会」は、一方向のみ偏りすぎていることである。

そして、愛媛県教委の教科書採択メンバーの言い分を読んでみる。

生徒に関心を持たせる工夫が随所に見られる、というのが多くの意見である、
が、興味を持たせさえすれば、それでいいのか?

生徒自身に熟考を促すためには、二つの見方がある、ということを
伝えるべきである。
判断は、本人に任せるべきである。

最も納得いかない採択委員の意見は、

「若者は目標を見失いかけている。……先人たちが本当に努力してきた
すばらしいことを学び、日本を誇りに思って欲しい・・…・・・。」

若者を迷走に追いやったのは、
そうやって、事実を歪曲して教え、知るべき事実をきちんと教えてない上、
それを後から外国からの抗議によって知る、
という情けない教育を日本がやってきているからではないのですか!!

先人たちが努力してきたことや、すばらしいことは、
必死で教えてくれなくても分かります。
自国をそう簡単に嫌いになったりしません!

でも、大人になって、問題を外国から突きつけられたとき、
ちゃんと教育を受けていないことによって、意見の準備もできないし、
相手の言うことが本当に正しいかどうかも判断できず、
あたふたしてしまうのではないか。
そんな状態では 自国に誇りを持つどころか、
不信感を抱かせてしまうのではないか!!

(中国や韓国自身も、かなり偏った教育をしているようなので、
それこそ、両国に教科書問題を指摘される筋合いはないのであるが)


ああ…
しまった。

こんなに興奮するハズではなかったのに。


愛媛県の教育委員会の浅はかな意見に失望してつい…。
もっと広い目で見ようよ。
大きい流れで考えようよ。
子供だましは通用しないよ。


そもそも、1冊に絞り込むのもどうかと…。
資料として、もう一つくらいあってもいいんじゃない?
てゆーか、資料として、違う見方のこんな意見もあります、風な
小冊子があってもいいんじゃない?

まあでもねぇ、

一番重要なのは先生よね。

先生が、教科書に載ってないことをどこまで興味深く喋られるか。
先生の口調一つで、先生の表情一つで、いいようにも、悪いようにも
捉えられるもんだし。

中学生くらいなら、まだまだ洗脳可能だしね。

あ、それを言うなら、家庭の親もか。

先生、宜しく頼むよ、という締めくくりにしようと思ったのだけど、
自分もかぁ…。
自分もちゃんと伝えないといけないんやな。

じゃあもっとちゃんと勉強しないとな。
posted by ギャロパン at 03:13| 愛媛 ☀| Comment(6) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月29日

初診料って?

病院の初診料ってなんだ?!!

一瞬見て よその病院に紹介状を書くだけで
なんで1500円も取るんだ?

初診料って、その一つの病気(もしくはケガ)に対して1回目は必ず取るよね。
以前行った病院でも 全然違う案件で行ったら初診料取られるよね。

これって病院として必要ぅ??

納得いかん。

1500円つっても、我が家にとっては高額なんよ。
爪に火をともすような暮らしをしてんだから…。


やっぱ納得いかん。
posted by ギャロパン at 23:55| 愛媛 ☁| Comment(7) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年06月20日

降らんねぇ

毎日 週間天気予報を見るのだけど、雨の日がいつ見ても3日後くらいになってるのよね。

明日は雨か、雨はまだか と待っているのに、
気付けばいつも 翌日は20%くらいの降水確率。

あああ…明日も洗濯干せちゃう…。
普通なら喜ぶべきところが、松山では死活問題ですよね。

今年は、11年前の大渇水の時を下回る勢いで水がないらしい。
困った…本当に困る。
11年前の大渇水のことはまだ記憶に新しい。(よね?)

私は新入社員でした。
全国の支店から、ペットボトルやタンクに入ったお水が送られてきて、
廊下一帯 水、水、水の山でした。

水の出る時間帯が決まっていたので、その時間にトイレもお風呂も済ませられるように
多くの人は夜遊びを控えて帰っていたので、松山の夜は、とんと静かになりました。
トイレ行っても水が流せないとなると、落ち着いて飲めしないし。

…って話を、今日、会社の女の子と話していたら、
となりの席の11コ下の新人は、「まだ小学生でした。」って。

別の子(2年目)に聞くと、給食がクロワッサンとかで、デザート物が多くて楽しかった、って。

よいよい…。


でもさー、赤ちゃんのいる世帯では大変だよ〜。
ホント頼むよ、降って下さい。
posted by ギャロパン at 23:34| 愛媛 | Comment(3) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月22日

「solaちゃんは誰も殺したくない」

大阪の17歳の少年が「誰でもいいから殺したかった」と言った、
というニュースをsolaちゃんと見ていて、solaちゃんの言った言葉。

この手のニュースは尽きませんな。
襲われた子どもがsolaちゃんと同じ4歳だというから、ホント怖い。

先日もやんちゃぁと話していたけど、
私たちが幼稚園児だったころ(30年前)(え〜〜?!30年かぁ…)、
初めの何週間か過ぎたら、普通に4歳児で友だち同士で幼稚園通ってました。
お帰りも当然、友だちどうしで帰っていました。

それが今では、絶対にお迎えが来ないと子どもを渡しません。
お迎えも、いつもと違う人が行ったら渡してくれません。
事前に連絡が必要です。

子どもだけで登園・お帰りなんて、考えられない!
怖くて怖くて。

今までにもsolaちゃんに何度も言ってるけど、
「知らないおじさん、知らないおばさん、知らないお兄ちゃんでも知らないお姉ちゃんでも
ついていったらダメよ。」
「ママがあっちで 呼んでるから連れていってあげる。って言ってもダメよ。」
「怖い人が来たら、まず逃げなさい。」
こんなことばっかり。

しかし、ついて行くな、という話をしたら
「しらん お母さんは?しらんバアバは?しらん先生は?(ついて行ったらダメなん?)」
と言うし、
逃げろという話をしたら
「solaちゃん、強いけん、やっつけてもいい?」と、
まだまだ理解するには難しい。

こんな子ども、言葉巧みにだまして連れていくのなんて朝飯前だろうな。

どんなに気をつけていたって24時間 目を離さずにいられるわけでもないし、
小学生にもなれば、友だち同士で遊ぶだろうし、
かといって、怖い怖いということばかりを全面に出しすぎて怖がらせてもいけないし
他人を信用してはいけない、というような寂しいことばかりを教えたくもないなぁ。

子育てをしていると、ホント心配が尽きません。

子育てだけじゃないね。
ちょっとしたことですぐカチンと来てしまう社会構造なのか?
今怖いなぁと思うのは、運転している人たちが傲慢に平気で罵声を他人に浴びせること。
車の中で一人で言うのなら私もしてますが、ああいうの平気で他人に言う人、多いね。
あれって、言われた方も、ムチャクチャ腹立ってストレスたまるし、
ホント精神衛生上よくありません。

はい、先日 罵声を浴びせられた私です。
あ、話がそれましたが、ちょっとムカムカが収まらないもので。続きを読む
posted by ギャロパン at 00:12| 愛媛 ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年04月21日

ま、まさか

さっき、ネットをフラフラ見ていたら見つけた記事。

愛媛のミカン収穫量が、35年ぶりに首位転落したんだって。
ショック!!!!
台風による塩害が原因らしいが…。

愛媛といえばミカン。
そんなイメージがイヤな時代もあったけど、
そういう素朴さも好きになっていたのに。

来年は首位奪回だ!!
頑張れ愛媛ミカン!
posted by ギャロパン at 00:14| 愛媛 ☁| Comment(3) | TrackBack(1) | 社会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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