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2011年12月11日

久しぶりに現況報告



お久ぶしーーー!

・・・・って、誰か読んでるかな。



長期の沈黙すみません。

いや〜〜〜
何かすごいことがあった・・・ってわけでもなく、
何かすごく凹んでいる・・・というわけでもなく、

フツーに生活してるんだけど、
書かないリズムってものができてしまって、

いや、
書かないどころか、私生活でネットをしないってリズムができてしまって、
家でPCをすっかり立ち上げなくなってしまいました。

ちょっと久しぶりにネット遊びしてたら気分が乗ったのでブログに手を出したよ。
ま、FNSの嵐のヒドイ生歌ってのを好奇心で聴こうと思ったのがキッカケだったんだけど、
やっぱ、いろいろ違う方向にいっちゃって、ネット遊びたのしいなー。


職場の反動か、仕事ではず〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っと
PCと向き合って、仕事の大半はメールばっかりみたいな日々なんだけど…。

それよりもなによりも、チビと小学生を抱えてフルタイムで働くようになってから
全く時間に余裕がなくなりました。
この仕事に就いて半年経つ頃から徐々に残業が増え始め、今ではほぼ毎日残業。
ナナたんのお迎え時間のリミットがあるからかろうじて仕事を見切って切り上げ時間があるけど、
それがなかったら延々としないといけないパターンにはまってる。

それも、自分で調節できる仕事ならいいけど、とにかく仕事の遅い、要領の悪い、
傲慢で、自己中心的で、気分屋で、価値観の凝り固まった柔軟性も謙虚さもなんもない年とった上司のせいで
部署全員が振り回されているので、仕事が忙しいというよりは、
その上司対策のための準備や後始末やしりぬぐいで忙しい。

ってことで、前置き長くなりましたが、
みんな元気です。


報告したいことや、愚痴りたいこと、記録として残しておきたいこともいろいろあったのに、
それも全て心のアルバムにしまうのみとなってしまってます。



ってことで、久々の現状の保存(報告)。

【ナナたん】

まぁまぁまぁまぁかわいいわ〜〜〜。
全てが癒し。
タレ目のフニャ顔。
発狂しようがグズろうが、泣きわめこうが騒ごうが、
もうおばあちゃんの気持ちで全てほほ笑ましく見守ってます。
唯一、朝、遅刻しそうな時(相変わらずほぼ毎日ギリギリアウトだけど)
アンパンマンのせいでグズグズされるとイラッ!っとします。
アンパン狂です。アンパンマン信仰心厚く、お姉ちゃんに勝るとも劣らないアンパンマン熱。
寝ても覚めてもアンパンマン。
朝8時からのBS日テレのアンパンマンをつい見せてしまうくらい(家を出る時間で見てる場合じゃないんだけど)
アンパンマンを見たいと強い要求をされるので上記のイラッが発生します。
保育園行きながら車の中で延々とアンパンマンぐずりをするのならもう見せない!と言うと、
翌日からちゃんと、「保育園へ行くよ。」と声をかけると、「アンパンマンばいばい!」と、
きっちり家を出てくれました。
私の小言がそんなに効いたのか、と少し心が痛みますが、しょうがない。
アンパンマンぐずりは、テレビだけでなく、
アンパンマンの靴下がそろってないとか、
朝に飲むアンパンマンジュースの柄で、お気に入りの顔がないとか、
出かけるときにアンパンマングッズをたんまり持って出ようとするので
せめてそれを1つにしろ、といさめるときとか、ぐずって家を出るのが遅れます。

ナナたんにイラッとするのは、そのときくらいかなー。
それ以外は、
なんでも真似が上手でマスターするのが早いし、
空気読んで行動するし、お世話好きで完璧主義で、
自分のかわいらしさを知ってるのか?っていうくらい媚びてくるし、
血液型調べてないけど、完璧にA型やな、って感じさせる性格です。

一つ心配事は、solaちゃんに続き斜視があり、遠視なのかな〜と思ってて、
その斜視がかなりひどくなってきているので、紹介状もらって日赤を受診しました。
まだ、ちゃんと視力を測れないので眼鏡を作れないけど、多分遠視で、
測れるようになるまで慣れるために面倒だけど月1回は通うことになって、バアチャン頼りです。



【sola】

まあまあまあまあ男らしいわ〜〜〜。
こうも男らしくなっちゃう?!
小学生女子にありがちな、男勝り…というのもちょっと違うかな。

私自身も小学生のころは、男子追いかけまわして蹴りまわして
乱暴な言葉遣いをしたり、ブリっ子を嫌ったりしてたけど、
そんな普段の行動とは打って変わって、内面は、結構オトメだったんだよなー、私。
キキララのふんわり柔らかな色使いやアイテムが大好きだったし、
持ち物はピンク基調で、ちょっとしたハンカチや靴下にこだわりがあったし、
本当は小心者でビビりで、人目を気にするタイプなのに
男呼ばわりされることに(違うのにな〜)とギャップに苦しんだ時代もありました。

ですが、

solaはホンマもんです。
本当に男らしい。
ドライ。
がさつ。
見た目より機能重視。
女同士のネチネチ皆無(それゆえに冷たく感じる)
声低い。
落ち着きない。
字汚い。
ハンカチ持たないで服で拭く。
愛想ない。
昨年まで大好きなキャラがポケモン、今年度からはワンピース一色(特にエース)。
スカートはかない。
ハーフパンツかダボパンツ。
ピンク嫌い。
深く考えない。
なるようになるさタイプ。
動じない。

しかし、相変わらず将来の夢は助産師。
ナナたんをかわいがり過ぎていつもケンカ。

やんちゃぁもsolaちゃんをまさか性同一性障害か?と疑ってみたり。
いやそれならそれでも、いいよ。
そいういうsolaを認めて応援するよ。
しかし、今のとこ、本人にそんな苦悩はないし、一応、松潤と山Pとキムタクが好きで、
コチョコチョしたかわいい雑貨小物が好き。
あ、最近はエッフェル塔モチーフが好き。

だけど、生まれつきの反抗期的態度に毎日のように私はキレまくり。
本当の反抗期が目前だけど、その時がきたらどうなっちゃうの?solaちゃんは。

そして性格が、恐ろしいくらいにやんちゃぁに似てきた。
もっさりしていて、寝るのが大好きで、他人にあまり関心なく家族と一緒に行動したがらない。
趣味・嗜好も似ているのが怖い。
きちんと社会に順応できるように今から叩き込まないとな。
やんちゃぁの二の舞になってはダメだ・・・・と母として心を決めてます。




【やんちゃぁ】

もしかして、私を心配してくれてる人はみんな、ここがどうなのか
一番気になるところかもしれないが、どうやらここ1年はフラットです。

その前の1年はもう、どうしようもなくひどかったし、
私の中でそのときのやんちゃぁの言動全てがトラウマとなっているので、
未だに前のところまで私の気持ちは回復してません。
というより下がる一方で低空飛行状態。

墜落は避けられたが低空飛行のまま。
燃料切れたら緊急着陸もありえるかな。
このフラットがいつまで続くかにも因るし、私も今はちゃんとした
仕事をしているからいいけど、有期であるがため、
また不安定な状態になったときは、どうだろう。
以前のように、踏ん張って持ちこたえるという努力はしないかもなぁ。

おっと、話が深刻になりそうだが、別に今特に家の中が深刻ってわけでもなく、
ギスギスしてもないよ。
いつまで経ってもナナたんがやんちゃぁに慣れないもんだから
ようやくやんちゃぁも焦ってきたのか、交流を始めたよ。

@
やんちゃぁ:「ナナ!」
ナナたん :「いや!」

A
やんちゃぁ:「ナナ、父上んとこ来るか!」
ナナたん :「いや!」

B
やんちゃぁ:(手を広げて「おいで」のジェスチャー)
ナナたん :「いや!」

C
やんちゃぁ:(食べ物を何か食ってる)
ナナたん :(台所へ行って自分で引き出し開けてフォーク持って近づく)

ず〜〜〜っと@の段階から抜けられず、
地道に@〜Bの行動を繰り返していたが改善が見られず、
Cのときだけは寄ってきて抱っこまでされるので、
やんちゃぁはナナたんが心を少し開いてくれたと勘違いしている。
普通のときは未だに抱っこされないという事実をやんちゃぁは認めていない。
妊娠中から1歳まで、やんちゃぁのひどい仕打ちに
ナナたんだってお腹の中から、産まれたての赤ちゃんながら見てたんだよ。
自業自得だ。



【わたし】

はじめにちょっと書いたけど、職場の上司への対策やしりぬぐいで仕事が大変。
今まで経験した職場でも、こういう人は珍しくないし、もっとひどい奴もいた。
だが、そういうひどい奴は、直接関わることは少なくて(大抵社長とか会長クラスの人だから)
周りには、何十年来という経理や経営に関わってきた部下や取締役級の人がいて、
私のような下々の者には、誰かを介して何か命令や厄介事がくるもんだった。

今回やっかいなのは、いままで小さな商店で一人お店を切り盛りしてきた人が、
急に権力を握ってしまって部下を4人もつけられ、管理職級以上の人たちと接することが増えたことで、
何か自分の能力があがったか階層が上がったと勘違いをしてる人が、私の上司だから。
自分が一人でやってきたやり方をそのまま大きな組織で同じことを適用しようとするので、
メチャクチャ過ぎて、正味誰も理解できない、誰もフォローできない。

まあ、しかし、これもよくあることだが、そういう職場はきまって、下々同士の仕事の能力や
団結力が高いため、毎日の仕事は、実はそうイヤイヤでもなく、張り切って出勤している。
来年度いっぱいまでの期限付きの仕事だが、その先のことは今は考えない。

今年の我が家の重大ニュースの一つは、冷蔵庫を買ったことだ。
やんちゃぁが独身時代から使っていた私の胸までくらいの高さの小さな冷蔵庫で
家族の食材関係を切り盛りしてくれた冷蔵庫がとうとう氷を作らなくなり、
やはり、夏を乗り切れないので夏のボーナスで買うことができた。
ボーナスもらうのも15年ぶりくらいで、勤め人でよかった〜と思う瞬間だが、
この冬のボーナスは11年目を終える我が家の車検で消えていくこととなる。
残りは、督促督促で来ている税金を払うと終わり。
車、欲しいなぁ〜。
これから2年で頭金くらいはためられるのかなぁ〜。
しかし、次々家電の買い替えが控えていて、果たして車なんて買えるのか…。
先を考えると暗くなるので、考えない。

そういや、アラフォーという言葉でお茶を濁しているが、今年私は
完全にアンケートには40台に丸をつけなければならない歳になってしまっている。

いつもいつも、若かった自分を振り返って「は〜・・」とため息をつきたくなるのだが、
今見ると30はものすごく若い。
35だって、38だって、今考えるととても若い。
毎年毎日歳をとっていて、過去の自分しか見てないからイヤになるけど、
来年、再来年の自分が今の自分を見ると、「あんたまだ若いじゃん!」と思うのだから、
その若い今を自信もって楽しもうと思っている。

そういう目で見ると、小学生だがガサツなsolaちゃんも、もともと愛おしいナナちゃんも、
何も良い事はしてないが、波風の立てていないやんちゃぁも、
今の私にとってはいい要因であるには違いない。

年とってできたナナたんだから、最初っから子育て世代の幸せをかみしめられているということも
幸せの一つだし、ガサツで男らしいsolaちゃんも、小学生のこんなかわいい時代もあったのよ、と
数年後に思い返すことを想像すると、今という時間は尊いものでまぶしい時代なんだと思える。

そうそう、モンゴルの人の幸せ指数が高いのは、生活水準が低いから、
ちょっとしたことで幸せを感じられるのだ、と誰かが言っていたけど、
それってとても大事だよな。
正に我が家もそうで、物的に、ちょっと頑張れば手に入るものってのが、とても限られていて
ハナから手に入れるのはムリなものが多いので、多くを求めない。
その代わり、別で幸せを感じられるんだ。




現状報告がなんだか大きな話になってきたんで、そろそろ終わろう。
ちょこちょこ更新してればもっとおもろい話できたんだけど。
もう少し、更新してみうか。

posted by ギャロパン at 02:39| 愛媛 ☁| Comment(14) | TrackBack(0) | 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年11月06日

あーーーなんか…




なんとなく時間がポカッとできて、ものすご〜〜〜く久しぶりに
「お気に入り」に入れてる友達のブログを全部読んだ。

読んで終わって なぜだか心の中に残るモヤモヤ。

モヤモヤというか、落ち込み?


どの友達も、平凡であるがそれなりに生活が充実していて幸せそうで…。

いやいや、そう見えたって、それぞれの家庭にはそれぞれの事情や悩みがあって、
かく言う私だって、ほのぼのエピソードを公開して、とっても幸せそうと思われているかも
しれないわけで…というか、実際、貧乏だろうが 旦那が職を求めてふらふらしてようが
ナナちゃんの顔を見ただけで幸せをかみしめられるし、日のあたる庭に出るだけで
幸せな気持ちになれるし、夜はぐっすり眠れるし、温かいマンションに住んでるし、
幸せなんだなと自覚もしてるけど…


なんだろな、私もぼちぼち不惑の四十に近づいてるのにこれでいいのかの
自問ばかり。

同世代のアラフォーたちは、だんだんと自分の道を見据えてきている。
やりたいことの方向性が決まってきて、それぞれがそれぞれの道を歩んでるんだな。
それは仕事だけのことでなくて、子供に対するスタイルとか、生活に対するこだわりとか、
人生の長期計画とかがなんとなくそっちで行くのかぁ…というのが
見てるといろいろ垣間見えてくる。

私は…というか、我が家はまだかじ取りの方向も決まってない。
それどころか、またこのカジは壊れるかもしれないし、まったくの無計画の漂流状態。
やんちゃぁの生き方そのものが漂流だからな。

あ、そうだ、やんちゃぁのことで報告。

ろくでもない夜の仕事からやっと、足を洗えました。
(夜の仕事がろくでもないんじゃないよ。ろくでもない仕事で且つ、夜の仕事してたんで。)
しかし、新しい仕事もまた一時しのぎの仕事で、どうなることか不明。


誰かのブログ読んでて、『結婚10周年で…』なんて書いてあって、
その友達はそういや、私が結婚したちょっと後だったなぁって思って、
ふと気づいたら自分も10周年迎えてたや、と思ってびっくり。
10周年目のその日は、何をしてたか覚えてないけど、多分、一言も言葉も交わさず
終わってたような気がする。

そんなことに目を向けられてない自分の余裕のなさとか、
子供へ、今しかできないやってやりたい いろんな事が、
忙しさにかまけてやれてなくて、
忙しいを言い訳にしてるけど、結局、日々、その1日をクリアするのが精いっぱいで
気持ちに余裕がないからやってやりたいことの計画も立てられないし
もちろん実行になんて移せてない。


そのせいかどうかは分からないけど、solaちゃんは学校で
いろいろとやらかしていて、2学期に入って、担任の先生からもう3回も
叱られたsolaちゃんの事情説明のお電話を頂いた。

solaちゃんのときにやってあげた いろんなことがナナちゃんにはできなくて、
それはしょうがないけど、凹むポイント。

家の中を見ると、雑然と物が広がり(ナナちゃんのせいでもある)、
洗濯物が山積みで、整理されてない書類もたまっていく一方。

先日やっと、扇風機をしまってホットカーペットを出す始末。



次々と壊れる家電・持ち物にもイラつく。
掃除機のローラーが壊れそのまま。
昨年やむなしに買った洗濯機のローンが終わったと思ったら
デジムービーの20回ローンが始まり、そうかと思えば
年賀状作りにこれから大いに活用する予定のプリンタを修理に出さないと
いけないハメに。
1万4千円かかると言われ、修理に出せず放置。
スポンジが出てボロボロのソファーに大きい布かけて誤魔化してる。
そういや車も12年目となり、あちこちボロが出ている。


やらないといけないこと、やりたいことが たくさん棚上げされてて、
目の前を時間がさーーーっと通り過ぎてって、
そこに充実感を得られてないことが落ち込むポイントかな。

書きながら自分の気持ちまとめてみました。


焦っちゃダメダメ。
人は人。
カジが無いのが我が家。
それでやってくしかないんだ。
自分のできる範囲でのみの計画を立ててやるしかないんだ。
臨機応変に対応できる自分をつくる。


posted by ギャロパン at 21:24| 愛媛 ☀| Comment(6) | TrackBack(0) | 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月16日

見たくなかったのに…

見てしまった・・・・・

『火垂るの墓』。


いや、自分から戦争という記憶を消しさりたいわけではないよ。
臭いものにフタ的な、目をつぶっているわけでもありません。
しっかりと過去の過ちを見つめて、これからの未来に絶対に戦争を起こしてはならない、
って強い意志を持って思います。

でも、あの映画は、最初から最後まで見るのが辛すぎて、
見ると、しばらく引きずってしまって気持ちが落ち込むので、
特に今みたいに、ただでさえ気持ちが落ちてる時は見たくなかった…。

でも、solaちゃんが見たい、と言って、でも一人では見られないので
一緒に見てくれ、と言われ、イヤイヤながらみたのだ。
録画していたので、私のいないときに見て欲しかったけど。
solaちゃんにも、こういう映画は見て欲しいと思ってたし。

で、最初のシーンからもう、いろんな気持ちが交錯して泣きそうに…。

せつこが元気な姿も、痛々しくて見てられない。

兄ちゃんといっても、多分まだ中学生くらいだろう、
今ならまだ親や家庭に依存しないと生きていけない世代なのに、
懸命に小さい妹を助けて守って、でもたまに こらえ切れなくて
小さいせつこをギュッとするところなんて、もう、今思い出しただけでも、涙が出る。

横で、別に涙を見せるわけでもなく しらっと見ているsolaちゃんや、
手に抱いているナナちゃんを見るにつけ、
この子たちに、こんな思いはさせたくないし、こんなこと、二度と起こってほしくない、
と、涙が止まらない。

案の定、見た後は気持ちがずーーーんと重くなる。
その後、録画した他のドラマや楽しげなバラエティーとか見たんだけど、
やっぱり夜寝るときや、ナナちゃんの授乳で目が覚めると、
昼間に見た 火垂るの墓 を思い出して、そこから思いが波及して
どんどんつらくて重い想像をふくらませてしまって気持ちが重くなって寝られない。

もちろん、ふと我に返って、今、こうしてスイッチを入れるだけで明るくなる電気があること、
水道ひねるときれいなお水が出てくること、
食べる物もあって、それなりにオシャレもできて娯楽もある生活に、
ありがたい気持ちでいっぱいになる。

solaちゃんはそこまでの思いはない。
今の平和を実感することもない。
戦争をどこまで現実のことと捉えているのかも分からない。

翌朝目覚めたときに、やっぱり私は映画を見たせいで夜寝られなかった、つらかった、
という話をしたけど、solaちゃんは全然そういうことは感じなかった、という。
まあ確かに、私も小学生の頃は、戦争は怖い、と思っていても、
今の平和をありがたく思うことなんてなかったし、
今から考えると、まだまだ本当の意味での怖さをわかってなかった。

でも、少しずつそういうことに触れることで、だんだんと大人になるにつれ、
理解を深めていくんだろうと思い、第一段階としてはよしとしよう。

それに関連して、原爆資料館も、来年行けたら行ってみたい。
私が初めて行ったのも、小3か小4の頃だったと思う。
やっぱり、衝撃的過ぎて、その日は恐怖で眠れなかった、怖い、という思いが
強く残っている。
ボチボチsolaちゃんもいいかな、と思って、行きたいか?と聞くと、
行ってみたい、という。

よしよし、じゃあ、私も一所懸命働いて、来年の夏には広島に遊びに行けるくらいの
お金を稼ぐぞーーと、違う決意を新たにした。


posted by ギャロパン at 09:16| 愛媛 ☀| Comment(6) | TrackBack(0) | 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年02月04日

生活の変化

まあ、この夏からいろんなことがあったから、生活の変化はあるよ。
でも、やんちゃぁとのこの9年間の生活の中で、
落ち着いていた時期なんてほとんどないので、今更その変化には驚きません。

でも、ここんとこのあるちょっとした変化は、結構私には大きく影響してます。


@まず、日常生活から車がなくなったこと。

大学生までは完全自転車生活で、車なんてそんなに必要性も感じてなかったけど、
独身時代を満喫していた社会人時代や、
特に結婚してからは、子供を連れての移動とか、ちょっとした買い物や、
あちこち郵便局とか銀行とか、主婦はいろいろ用事があるし、
働き出したら通勤に、子供の送り迎えにと、
毎日毎日どこかへ車で出かけて、車に乗らない日はない!!!っつーくらい
車は私の生活に密着していて、
車のない生活なんてもう、考えられなかったのだけど・・・・・

やんちゃぁの会社がバイク通勤を許さない会社で、
仕方なく渋々車の使用権をやんちゃぁに譲ることにした。
ちょうど私が退職したのと入れ替えだったのもあって。

初めの1、2ヶ月は、車を使わない生活でもそれはそれで新鮮だった。
普段見落としてるような何気ない道端の何かに気づけたり、
普段通らない道を通るのもなんとなく楽しいし、
車の煩わしさってのもあって(駐車場の関係や出入りしにくかったりとか)
自転車でどこでも行ける自由な感じを満喫してた。

でも、妊娠が定着して、本格的に自転車も乗れなくなると、
今度は大そうな不便を感じる。

自転車では5分で行けてたスイミングや新体操の送り迎えも、
体調の万全でない体でゆっくりと歩いて行くとなると、
15分も20分もかかる。
地図サイトで距離を測るといずれも1キロあるかないかくらいの距離だ。
それが、週に2回ともなると結構きつい。

毎週土曜日に通っていた公民館の図書館も、
歩きではやはり20分もかかってしまうので、今は月1回で断念している。

買い物をしていても、ちょっと根菜類をそろえたり、飲み物関係の買い物をすると
あっという間に数キロの荷物になってしまうため
本当に必要最低限のものしか買えない。
毎日買い物に行くのも面倒だししんどいので、例えば卵の安い日、冷凍食品半額の日、
なんて、日替わりで出してくるスーパーの目玉にも関係なく
行ったその日に安くなくてもその時に買わないといけない。


こんな生活がしばらく続いてくると、今度は発想の転換が起こった。

必要最低限の買い物しかしないということは、本当に無駄なものを買うことがなくなった。
今買わなくても大丈夫、別のもので代用できる、もしかして探したら家にあるかも・・・
ってなことで、結構しのぐことができる。

卵とか牛乳とか、今までは絶対に切らしたことのなかったアイテムでさえも、
ないならないで、別でどうにかしようとムリヤリ別でごまかしたり、
究極の策としては・・・・・我慢。
なくても我慢。

安くなくても二日に1回くらい必要最低限のものをその日に買って帰ることと、
毎日スーパーによって日替わりの安い商品を買うことを比べると、
明らかに前者の方が出費が少ない。

卵なんて、500円以上とか1000円以上とか買わないと安くならなかったりするし、
冷凍食品も毎週半額してるのに、ついつい毎週買いすぎてしまうし、
安いから買っちゃえ!って買ってみたら家にストックありました、なんてこともたまに…。

また、正月に見たテレビ番組『はじめてのおつかい』で触発されたsolaちゃんが
やたら おつかいをしたがるので、メモに書いて”買ってきて欲しい物リスト”を渡すと、
寒い中でも嬉々としておつかいに行ってくれる。
あまりにはしゃぎ過ぎるので、飛びだしに気をつけるよう口を酸っぱくして言ってるけど
右から左に流されてる感じ。ちょい、ハラハラもん。

いやまぁ、それで、意外にも(?)そらちゃんのおつかいが、かなり助かっている。
寒い時やしんどいときなんかは行ってくれると当然助かるし、
休日の朝でも、足りないものを納豆一個からでも買ってきてくれる。
メモに書いたもの以外のものを忠実に買ってこないし、
分からないことはちゃんと店員さんに聞いて完璧に品をそろえてくる。
3回に1回くらいは、solaちゃんの好きなお菓子かジュースを100円以内で買ってもいいよ、
と言うけど、いつもなら、買い物のたびに買わされるので、それも減っている。
というわけで、トータルで、スーパーの出費はタイトになってきている感じ。
(家計簿つけてないので、実際はわからないけど)

そうでなくても、車があったら簡単に ユニクロ〜、とか、しまむら〜とか、フジグランやジョープラ
なんかも出かけてって、結局、無駄にキャラクター商品とか買わされたり、お菓子買ったり
雑貨屋をのぞいてカワユイ小物を手にする、なんてこともなくなって、
明らかにちょこちょこした出費がなくなっている。
こうした生活のリズムは今までの私になかったものなので、すこし目から鱗かな。

ま、でも、不便には違いない。



A次に、solaちゃんが一人で寝るようになったこと!!

実は、今年でもうすぐ3年生になるsolaちゃんだけど、今までずっと、
私と一緒にシングルのベッドで寝ていました!

あ、ここで説明しておくと、
我が家の部屋割りは、『男部屋』と『女部屋』制になってる。
やんちゃぁは服からオモチャから、漫画からビデオDVDなど、
とにかく私物が多くて、さらに布団こもりタイプで、汚れた服でも平気で横になるし、
決定的なのはタバコを吸う。
灰皿に吸いがらをたくさん押し込めて、たまに灰なんかこぼしたりして…
ウギャ〜〜〜!!っとなるので、やんちゃぁとは別寝室にしてます。

やんちゃぁの部屋は、やんちゃぁの一人暮らしのときのワンルームのように
すべてを詰め込めてテレビもあって、コンパクトにまとめて城となっている。
方や、私は、布団はいつもきれいに保っておきたいので
外出着で乗るの厳禁、タバコもテレビもなしで、静かに寝たいので、
solaちゃんと二人で部屋を使っている。

さておき、保育園年長あたりから何度も、別々に寝るように提案してたのだけど、
solaちゃんはどうしても賛成しなくて、
私の方も、わざわざ布団を出して来て新たに布団を敷くスペースを設けるのも
面倒で、ズルズルとここまで来ていた。
おばあちゃんちにお泊りするときも、多分、ばあちゃんと一緒に寝てたと思う。

でも もういい加減solaちゃんも大きくなって邪魔だし、
何せ子どもの寝相はすごくて、蹴りを入れられたり、かかと落としにあったり、
ひじ鉄くらわされることもたびたび。
そんなんで私の眠りを阻害されるのは日常茶飯事で、
つわりのひどい時は、solaちゃんの口の臭いも頭の臭いもたまらなく気持ち悪くて
顔を反対に背けて寝ていたけど、でも、それもかなりつらかった。

お腹の赤ちゃん蹴ったらいかんけん、と、私とsolaちゃんの間に
身長約60cmほどのクマのヌイグルミを挟んでいたことも、
ベッドが窮屈に感じる要因だったと思う。

きっかけは、私がインフルエンザにかかったことだった。

やんちゃぁから私にうつされて、更にsolaちゃんにうつしたら大変!と、
私がリビングの一角にある和室に布団を敷いて寝ることにして、
solaちゃんとは全く別の部屋で一晩を過ごした。

初めは怖がっていたsolaちゃんだけど、自分の寝るベッドに、
自分の頭を置くスペースを空けて周りにぬいぐるみやマスコットを
大量に配置して自分ひとりで好きな空間を作り出したことが
妙にツボだったらしい。

インフルエンザが回復した後も、別で寝たいというので、
私も喜んでそのまま別部屋に寝ることにした。

久しぶりに一つの布団を独り占めするのは、本当に心地よかった。
それまでは、よほど熟睡もできなかったようで、
一人になると、朝まで一度も目が覚めず爆睡できた。
solaちゃんの頭の臭いなんかも気にしなくていいし、
何より、そこに布団を敷かないといけない、と思うと、
いつもは乾いた洗濯物をドサッと置いて、週末にたたんで片付けていたものが
毎日たたんで かたずけるようになり、(みんなには当たり前??)
広い空間を保てるようになった。

ただ、私が元気になってくるにつれ、「おやすみ、バイバイ」で済んでいたものが、
「一緒に部屋まできて」になって
「手つないで」になって
「寝るまでここにいて」と発展してきて、
以前と変わらない状態になってきたので、
「しんどいから部屋までは行ってあげるけど、そのあとバイバイよ。」というところで
妥協してもらっている。

ただ、solaちゃんが布団に入って、私がハンドクリームを塗ってる間に彼女は
爆睡状態に入るので、実際は、寝入るまでその場にいる、というパターンが多いかも。




以上、私の中の大きな生活の変化でした。
posted by ギャロパン at 00:14| 愛媛 ☔| Comment(9) | TrackBack(0) | 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年09月24日

卒業生の言葉

運動会の予備の日、ゴタゴタしたその日は、予定盛りだくさんだった。

夕方からsolaちゃんの新体操があり、この日は教えてくれた先生が
他の先生と変わるので最後のレッスンとなり、
レッスン終わりにみんなでお手紙書いたり、あいさつしたり写真撮ったり。

そして、その後、私の送別会を催していただきました。


そう、とうとうこの日が来ちゃったか〜〜〜。
パートの私のために、みんなに集まってもらい、恐縮しきりです。

大体はオシャベリで時を過ごすのだけど、
最後にやはり、締めの言葉を発しなければいけません。

このときに話すスピーチを、少し前からちょくちょく考えてはいました。
一度家でパソコンに書くかなぁと思いつつ、そうゆっくりと時間が取れなくて、
通勤中など車で一人になったとき、考えてました。

初めの出だしはススッとできて、途中まで行くんだけど、
次から次へと あれも言いたい、これも言いたい、あ、やっぱり こういう言い方に変えよう、
いや、その話題はいかんな、などと、頭の中のメモは、何度も何度も書き換えられて、
そのうち、気持ちが入り込み過ぎて、考えながらつい、泣いてしまったり
最後には収集つかなくなって、結局 最後の最後のシメまでスピーチは完了せずに
ウヤムヤになったままだった。

でも、事前に作りこみ過ぎると、そこを忠実に言わなくては…と逆に失敗してしまうかもと思い、
どういう趣旨のことを話すか、ということだけ決めて、後は当日の流れに任せることにした。

果たして、シメのあいさつは何て言ったかいまいち覚えてないけど、
言いたいことはまとまってたと思います。
キーワードは「卒業」。
この5年間で私はすご〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜くいろんなことを学んで、
いろんな鍛練して、それが今ちょうど、終えるのにいい時期であった、ということ。
最後だからもちろん、さみしい気持ちもあるけど、
どちらかというと、やりとげた、っていう晴れがましい気持ちかな。
私のキャラ的に、しんみりするよりは、笑わせて終わりたいのもあって、
ラフにワザと上から目線で強気な発言もしたけど、
多分、私の小心者の部分も理解してくれてるので大丈夫(何が?)だと思います。

いつもの送別会はみんなが座って、話す人が前に立って挨拶するのに、
今回は、みんなに集まってもらって、私は座ったまま、囲まれるような感じで
ちょっとしたオシャベリのような雰囲気だった。

みんなの視線が自分に集中することで、ちょっと離れろ〜〜と言ったりしたけど、
いつもいつもワチャワチャとオシャベリしてる気の置けない子たちばかりだったので、
まあいっか、ということで始めた。

そう、昔の私なら、面白いことしたり、派手なパフォーマンスをする割には、
みんなの注目が自分に集まってると思うと、恥ずかしくて緊張して早く退散したくなって、
早く終わらせようという気持ちが働いていたのだけど、
みんなの注目を集めつつ、緊張せず言えるようになったのは、ここ2、3年のことかな。
そのおかげで、solaちゃんの小学校でみんなの前に出て何かを仕切るってことも
そんなに緊張せずにできるようになった。

仕事のことでも学んだことはたくさんあったけど、
それ以外の 人との付き合い方とか、自分がすべき役割的なこととか、
社会で生きて行く大事なことを、たくさん養われたように思う。

あと1週間。
普段と変わらず真面目に仕事して、おしゃべりもして、やりまっせ。
どうぞよろしく。
posted by ギャロパン at 06:50| 愛媛 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月31日

虫唾(むしず)が走るもの

虫唾(むしず)が走るもの。

宗教の勧誘。


はじめに断っておきますが、宗教の信仰を否定しているわけではありません。
それは、個人の自由だし、個人の考え方なので。
そして、自分の宗教に深く信仰している人を嫌う気持ちも、自分の友人から排除しようとも思いません。
敬虔なクリスチャンや、毎日神棚に頭を下げてる人たちには、本当に尊敬すらします。


でも、それを一方的な価値観で押し付けてくる人、
しかも、組織的に、子供や老人、体の不自由な人までつかっての姑息な手段。
一見して、「あ、勧誘だ」と分かります。
これを土曜の朝から目撃して、なんか1日イヤな気持ち。


今はマンションに住んでて、エントランスにインターホンがあるからまず、
そういう怪しい勧誘や、変な飛び込み営業もなく、快適に過ごしているが、
以前、オンボロ一軒家に住んでいた時はホント毎日のように、いろんな人が
飛び込みでやってきたよ。

家の修理系は多かったなぁ。
親戚のおじさんから借りていた家だったので、初めはいちいち「結構です。」と
断っていたけど、結構 くいついてくる人も多くて、ある時「借家です。」と言うと
一発で撃退できた。それ以降は、その一言で終わった。

青森の人がリンゴ買ってください、というのもあった。
台風でリンゴが落ちて傷ついたけど、味は悪くないから…という理由で。
つい、情にほだされて買っちゃったけど、あれはウソだったような…。
冷静に考えたら青森からわざわざ愛媛まで来るわけないよな。
でも、高校生くらいの丸刈り頭の素朴そうな少年につい、負けてしまいました。
値段も600円くらいだったのもあって。

子どもの学習教材系もよくあった。
どこから子どもがいると嗅ぎつけてくるのか、まだ1歳になるかならないかくらいのときに
たまに来てたけど、それは全く興味なかったので、おもしろ半分に相手して帰ってもらった。

一度、たどたどしい日本語を話す白人系の外国人が来た事もあった。
学生で生活費をかせぐためにアクセサリーを手作りしたので買ってください、と。
一つ千円だったけど、とてもじゃないけど、千円も出すような代物じゃなかった。
で、たどたどしいけど日本語を話すので、どこの国の人か、聞いてみたら
「????」
という顔をされた。
ん?そんなに難しい日本語じゃないのに。
で、英語で聞いてみた。
でも「????」だった。
何人だ??今度はこっちが「????」だ。

苦学生だったら、こんなことするより、なんか他の手段もあるし、もっと専門の人にアドバイス
もらったらいいよ、と思い、EPIC(愛媛県国際交流協会)に行けばいいよ、という話を
たどたどしい英語で話すけど、全く反応がない。
そこらへんから おかしい…と思い始めた。

私がいくら話しかけてもジェスチャーを交えても、
「これ、千円で買ってください。」の一言しか話さない。

なんかそれにイラっときた。
こいつ、日本人なら外国人が来て一方的に情に訴えたり話の通じない外国人を装うと
みんな千円を出しやがる、と思ってんじゃないだろうな、という気になった。
こっちが親切に話しかけてるのに、ニコリともしない。
ということで、「はい、さよなら。」ってドアを閉めた。




話が反れたけど、そういうアポなしお宅訪問のなかで最も多いのが宗教の勧誘だった。
ホント、週に1回は来てたくらいな勢いだ。
当時の家は、インタホンがなくて、いちいち玄関まで出ないといけないのに、
まだsolaちゃんが赤ちゃんで、やっと寝ついたところだったり、オッパイを出してたり
取り込み中のことも多く、ホント、チャイムが鳴るだけでイラっとしたのに、
玄関を開けると一目で見て勧誘と分かる野暮ったい人が立っていると、そのイライラは倍増だ。

ホント、ああいう人達はどうして、そろって同じような格好なのか。

老人系ならこぎれいな服を着て、時にはスーツだったりするのだけど仕事でないのは
なぜかまとう雰囲気で一目瞭然。
若い男女は、保守的な服で決して流行を取り入れていない。
男の人は必ずと言っていいほど、黒いリュックを背負っている。
30代40代の人は、何故かいつも子供を連れている。
そして誰もがみんな、大きい紙袋を携えている。

宗教の勧誘は大っっっっっっっっ嫌いだけど、ちょっとやり込めてやりたいという気持ちもあって
初めは大抵「どういうご用件ですか?」と聞いてみる。

すると大抵、本題でないところから会話を始める。
「最近の社会情勢は…」とか
「お家に病気の方いないですか…」とか
「お子様がいると、何かと苦労がおありですね…」とか。


「はぁ…」的な感じで次を促すと、ゴソゴソと紙袋からパンフレットのようなものを出しながら
詳しい説明を始める。

いろ〜〜〜〜〜んな 変な宗教が来てたけど、どこも言ってることは、
「祈れば救われる。」ってこと。
極端な話、「祈れば病気も治る。」って。

じゃあ、こんなとこ来ずに、病院に行って病室にいる人たち全員に祈って治してあげてください
って返してあげる。

私の父は病気で亡くなった。
祈っただけで治るくらいなら、とっくに治ってるっちゅーねん!!!
金を出しそうな家(おそらく、借家でない一軒家)をワザワザ狙ってるんだろう。

そういう人たちで本当にムカつくのは、子供を一緒に連れてけば、
相手のガードが緩まる、とでも考えているかのような作戦。
老人が来るのも同じ理由だろう。
一見して、おとなしそうな老夫婦とかだと、導入は柔らかい。

で、昨日目撃したのは、そういう老夫婦+盲目の人 の3人グループだった。
サングラスをかけて白い杖を持った人と、いかにも!って感じの人たちが、
やはり住宅街の道の端で、地図を見ながらコソコソ話をしている。
お婆さんは薄い色のスーツを着ていた。お爺さんも品のいいスーツ。

別のオバサンは、やはり裕福そうなお家のインタホンを押して、
「わたくし、近所に住む●●という者ですが…・・  」
絶対にウソだろ!!!と思いながら横を自転車で通り過ぎた。
住所どこですか?と細かく聞いて行けば、絶対にごまかしてお茶を濁すの決まってる。
そういう人、何人も相手にしたから知ってる。


ここまで書いてなんだけど、そういう人達はかわいそうだと思ってる。
その老夫婦にしても、盲目の人にしても、自分の強い意志でそれをやってるとは思っていない。
ある大きな組織があって、そこでもらうマニュアルに従って、真面目だからそれを
馬鹿真面目にこなしてるだけなのだろう。
やる気満々のオバチャンは、すでに自分の意思かもしれないけどね。
そして、お金もきっと寄付として巻き上げられて、そういう労働もただでやらされて、
報われてるのかなぁと思うと、怪しい。かわいそうに。
なかなか組織から足を洗えなくて、いいように使われてる。

なんか、そういう弱者を利用してるってことだけで、その宗教にはハナから信頼感はない。
そういうの分からずに平気で飛び込み勧誘させて、もう、分かる人にはおかしいって分かるのに、
自分たちの評判を下げるだけなのに、お金集めに必死なのかな、って興ざめされてもお構いなし。

神道や仏教で、わざわざ信者集めや檀家集めにお坊さんや神主さんが指示してお宅訪問するか?
来た人を受け入れるだけでしょ。


以前は、ちょっとネジのずれた意志の弱そうな人がやってる…という本人への批判だったけど、
ある光景を目にしてからは、その上の組織の人たちにすごく苛立ちを覚える。
 


ある時、solaちゃんを連れて近所の公園で遊んでいた。
そこも閑静な住宅街の中だ。

その公園横の駐車場に、スーツを着た20、30代の大人の男女5,6人の集団と、
ピアノの発表会?と思うようなきれいな服を着た男の子と女の子、年にしたら5、6歳くらいで、
当時のsolaちゃんと変わらない感じの子供たちが現れた。

当然、目の前に公園があって、子供たちが遊んでるから
その子どもたちも遊びたいと思うんだろうなぁ…と思いながら、でも、服汚したらいけないから
親は怒るだろうなぁ…とか思いながらボーっと見ていた。

でも、見てるうちに何か違和感を覚えた。

会話がみんな敬語でよそよそしいのだ。
子どもと大人たちも然り。
「●●ちゃん、えらいねぇ。」「よくがんばったよ。」的な。
そして、そこに親子関係は存在していなかった。
そのうち更に、2人組の男女が来た。
あ、両親かな、と思ったら、「●●く〜〜ん。来てたのね。」なんて言いながら、
大人たちには「お疲れ様ぁ。」とごあいさつ。親ではない。

子どもたちは、公園で遊びたいと言い出すどころか、こちらには目もくれず、
子ども二人でおとなしく立っている。時々大人に話しかけられながら。
妙に悟ったような もの分かりのいい子供。
なんか気持ちワルイ。

なんの集団だ?
親戚でもなさそう。

みんなスーツだけど、仕事でないのはなんとなくわかる。
そして、しばらくそこでたむろして、
「じゃあ、次は、○○地区を…」なんて話してる。地図広げて。
すると、案の定(?)いかにも!というスーツの老夫婦も現れて、地区割りの話(?)をしている。

それで、男の子と女の子は、子供らしい我がままを一切出さず、
親ではない大人2人とどこかへ消えてしまった。


絶対、宗教だ〜〜〜〜〜・・・・・・。

もう、なんか、吐きそうなくらいの嫌悪感を覚えた。

私が今まで親子でわざわざ来ている、と思っていた勧誘者も、実は、
表面上の親子で、真の親子関係ではなかった…。
一体どんな洗脳の仕方をしたら、あんな気持ちワルイ子供ができるんだ???

で、そんな何も分からない子供をうまく洗脳して、洗脳に成功した子どもは
そういうふうに大人の道具として使われる。
そして、想像をめぐらせると、その老夫婦と思われる人たちも、
実は夫婦ではないのかも。

そういう風に考えると、確かに今まで子どもと一緒に勧誘に来た人は、
子どもを横につけているだけで、子供は一切何も言わず、おとなしく立っているだけ。
駄々をこねる子供を見たことがない。
チョロチョロして心配するような行動をとる子供もいなかった。

老夫婦にしても、長年つれそった夫婦にはない清涼感があった。
そう、なんか、何年も連れ立ってると、ねっとりした空気感が感じられるのに、
考えると、そういうのはなくて知り合いの人とのコンビネーションです、という空気の方がしっくりくる。

組織に、そういうペアで行け、と指示でもされたのだろうか。


もう私は気持ち悪くて気持ちわるくて、本当にイライラが募って、
声に出して「気持ちワルッ!!!!」と吐き捨てた。







それとはまた別のある日。

solaちゃんが大好きなファミレスに行っていた。

ファミレスっていろんな人がくるよね。

明らかにネズミ講の勧誘だな、と分かる集団。
あ、ネズミ講も嫌い。
ネズミ講する人って、利用する人はとにかく利用してやるみたいなとこが。
まあ、真面目に仕事やってる人もいるから、全てが悪いとは言わないけど、
久しぶりに電話かけてきたな、と思うような、それほど親しくない人が、
一通り近況報告をし合ったのちに、おもむろにネズミ講まがいの話を持ってくると、
その人との縁は一切 切りたくなる。
やんわりと断って、もう今後一切 こちらから連絡は取らない。

全然知らない人をターゲットにするならまだしも、親戚友人を頼ってくる人は、
親戚友人をなくしてしまう、という認識がないのか?

また脱線しそうだった。


そうそう、ファミレスである日、隣に中年男性(50代くらい?)と
学生(高校出たてくらい?)の男の子のペアが向かい合って座っていた。

「まあまあ、遠慮しないで食べなさい。」という中年と、
しきりに遠慮がちで恐縮している男の子。

「最近はどうかね?」と、曖昧な質問をする中年。
男の子は大学生なのか?雰囲気的に、田舎から出てきて
一人暮らしを始めたばかりの大学一年生という感じ。

先生と生徒?
親戚のおじさんと甥っ子?
会社の上司と部下?

そのどれにもあてはまらない。
私はすっかり興味がとなりに行って、solaちゃんの相手はバアバに任せて
隣の会話に100%の注意を払った。

普段、若い人やファミリーの多い場所だから、ちょっと異色を放つ組み合わせだと
目についてしょうがないのだ。

声が小さいので、会話が途切れ途切れにしか聞こえない。

しかし、いくつかのキーワードを聞くうちに、
おそらくその中年の勧誘する組織(宗教)に入れば、そういう悩みもなくなるよ、的な
会話をしているということが分かった。

男の子は、本当に世間知らずで、真面目そうなおとなしそうな子。
こんなの、あんな中年男性にかかればイチコロだろう。
断る強い意志も持ち合わせてない。

うっわ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!

この子も こいつ(中年男性)の毒牙にかかってくのか〜〜〜。
かわいそうに〜〜〜。
と思ったが、そんなの見知らぬ赤の他人でファミレスの横に座っただけのオバチャン(私)
なんかが どうしようもない。




なんかさーーー、そういうのがすごく腹立つんよね。
抵抗しなさそうな人 選んで陥れて洗脳して、で、結局最終的には
寄付のお金を絞り取るでしょ。

まだ暴●団は、明らかに悪い人相して、悪いことしてるって自覚がある人たちだけど、
この新興宗教の人たちは、特に末端の人たちは、悪いことしてると思ってやってる人が
どれくらいいるだろう。
単なる金を巻き上げる集団で、おいしい汁吸ってんのは上層部でしょ。
一体それが、どれぐらい人のためになってんのか。

友達の知り合いとか、また、人から聞いた話とか、ブログでそういう
組織に一時染まっていたけど、足を洗った人とかの話を聞くと、
表向き宗教でも、実態は暴●団と変わらんな、と思う。
宗教の信仰は自由だけど、その人を取り巻く家族を不幸にしてまで信仰することに
全く意味はない!!

かのマザーテレサもおっしゃいました。
世界平和のために私たちができることは、「家に帰って家族を大切にすることだ。」と。


いつの世にも、人の心の弱さにつけ込む人がいるってことも
世の中建前だけでは生きていけない、ってのも理解してるけど(同意はしない)、
それを目の当たりにしては、気分のいいものではない。


あーーーー、せっかくの休みの土曜の朝に、見たくないもの見てしまった〜〜。


でも、そう。
それで私にできることは、そんな宗教に文句を言いにいくことではなく、
家族を、友人を大切にすること。
それでいいのだ。
posted by ギャロパン at 10:26| 愛媛 ☀| Comment(7) | TrackBack(0) | 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年08月26日

契約更新打ち切り

今月もあと数日で終わり。
今の会社に勤め始めてちょうど丸5年が来ます。


次の9月末で今の仕事を辞めることになりました。

既にご存じの人も多いとは思うけど。
只今 就職活動中です。

その活動のことはまた次回に書くとして…


いや〜〜我ながら、こんなにも長くこの会社に勤めると思ってもみませんでした。

初めはホント、まだまだ主婦生活に慣れてなくて、育児にもアップアップだったけど、
生活費を稼ぐために決意した就職でした。
でも、やんちゃぁの仕事が軌道に乗れば、2、3年ほどで二人目を作る予定だったので
そうなったときすぐに辞められるように、ということで、今のパートの仕事に就きました。

入社する前は、
お金を稼ぐところと割り切って、イヤな奴がいようとも、面倒な仕事を押し付けられようとも
構わず気にせず勤めようと思ってました。
仲良しさんができなくてもいいんだ〜〜とも。

でも、入社して3ヶ月後にはかな〜〜〜〜り馴染んで仕事に行き、
半年経った頃には既に「ヌシ」のような貫録で我が物顔に幅を聞かせてました。
ホント、楽しかった〜〜。部活に行くような感覚で。
子ども相手に行き詰まっていた専業主婦生活時代がウソのように、
さっそうとパート主婦をこなしていました。

でも、二人目もできず35になり、内心焦ってきました。
いずれ、一生働く仕事に就こう、と思ってたけど、
正社員の仕事って、募集を見ると35歳がターニングポイントになるよね。
再就職するなら35歳前後には、って。

2人目もできず、35も過ぎて・・・・というころ、やっと妊娠!!
でも流産。

気を取り直して1年後、再び妊娠!!今度こそ!!やった〜〜!!
これで仕事を辞めて子育てして、2年くらいして40前には再就職して・・・・

でも流産。

このとき自分の中で大きな波が起こりました。

「2人目ができないかもしれない・・・・?」という気持ちと、

もう、仕事を辞める、という算段をしていたため、
「そのまま同じ仕事を続ける気持ちに なかなか向かない」という気持ち。
簡単に言うと、気分転換をしたかったのかな。


いつできるかできないか分からない2人目をいつまでも待っていて、
いつまでもパートの仕事をしていると、再就職の時期を逃してしまう…
ということで、転職を決意したのが、ほぼ1年前。

じゃあ次の3月には辞めてしまおう・・・・と思う頃、
ちょっと不妊治療もしてみようかなぁ…と触手が伸びかけていました。
もし、治療をつづけるなら、パートの方がいいのでは??と思い直し、
次の半年間の更新をしてしまいました。
結局、治療はしないことにしたので、もう、いいんだけど。

それから今日までの半年間、
ホント、それまでの絶好調はどこへいった?というくらい、
次から次へと災難が降りかかり、仕事へのモチベーションも下がりに下がって
9月末で辞めることに迷いなく決意しました。

いつでも辞められるからパート…と思って始めた仕事だったけど、
こうどっぷりと5年もこの会社に浸かってると、気持ちはほとんど社員です。

本当は、自分が辞めたって、会社的にはそう、痛手はないんだろうけど
現場の社員の立場としては違います。
はい、さよなら、って簡単には言えません。
特に、思い入れの強い人には。
迷惑かける人もいるし、辞める者として、どうにかなるやろ、なんて簡単には言えません。
でもきっと、笑顔で送り出してくれる優しい人たちです。


一方、内心、転職には焦っていました。
0学占い というものに少し傾倒していて、
(これ見たら、ホント当たってるんよ!)
それによると、今年は私は、《流れに身を任せて自分から何か動き出さない方が無難》、とあるのだけど、
来年はもっとダメで、結婚・引っ越し・転職はタブーとされる年に入るので、
なら、やっぱり今年中に転職したい、と思っていました。
でも、自分から動き出していたのではいけないんだけどなぁ…と思いながらも、
たかが占いだし…と、気にし過ぎないようにしようとも思ってました。

でも、見れば見るほど当たってる。
唯一、転職をしてもいいのは、致し方ない状況でそうせざるを得ないなら二重丸◎、とある。
そうせざるを得ない状況・・・に自分はなってるはず!と自分を思い込ませていました。
というとき、会社の方から次回の契約を更新しない、と言ってきました。

やった〜〜〜〜〜〜〜!!!


普通ならここで、え〜〜〜〜〜〜っ!!!  と、愕然とする場面なんだろうけど、
私は嬉しくて、ガッツポーズを…心の中でこっそりと出しました。

そう!これなら、致し方ない状況よね。転職でも。

そう思うと、気持ちも晴れ晴れとして、就職活動に励みが出ました。
残された日々も、全力投球でやってやるーーー!!って、モチベーションも上がります。

あと1か月とちょっと、
私にやれるだけのことを精一杯やって完全燃焼しますよ!よろしく!
posted by ギャロパン at 23:52| 愛媛 ☁| Comment(10) | TrackBack(0) | 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月09日

一つの考え方

自分の労力、もしくはお金を必要とされている以上に提供しても尚一所懸命頑張ってる人に対して、
逆にそれを 自分の利益のために利用しておとしめる人たちがいる。

でも反対に、その頑張りをどこかで見ている、もしくは感じ取った全く別の人は
頑張ってる人のために力になろうとしてくれる。




損得で言うと損をしているのかもしれないけど、

誰かに利用されておとしめられたとしても、

損をするからって、頑張りをやめる手を抜く生き方は選びたくない。




でも考えてみると、損得の「損」てなんだ?

お金で勘定すると、数字がハッキリ出るので分かりやすいけど、
人間が幸せに快適に生きるためには、それだけで損得勘定は量れない。

少なくとも、何かに対して頑張っていると、友人・仲間が増える。
友人・仲間の中には、同じように、ちょっと自分が損しても頑張るって人が集まる。
そうすると、双方それぞれが
勇気ももらえるし、生きる希望ももらえるし、楽しく生きる気持ももらえる。

一方、お金に固執したり、いつも周りの人間を利用してるばかりで
本当の意味の信用がない人は、果たしてそれで毎日が幸せ?
いざとなったときに 誰に助けてもらえる?
いつも疑心暗鬼になってすべてを疑って、でもお金さえ入ればそれでいい?

あ、これも人それぞれの価値観だから、
それでいい、という人もいるだろう。いちいちそれを否定するつもりはない。
別に認めてるわけでもないけど。



悲しいかな、世の中は、その両方の・・・・というか、いろんな価値観を持った人間たちが
混在している。

生きるための防衛策としては、そういう価値観の合わない人、
いつまでも利用してくる人たちとは
距離を取ること。



そこから離れられない?


でもいつか、それが報われるときがくる。
頑張りを見てる人が必ずいて、頑張っててよかった、と思えるときがくる。

あとは、時を読む。
物事にはなんでも潮時…ってもんがあるから。


盛者必衰。


posted by ギャロパン at 10:54| 愛媛 🌁| Comment(4) | TrackBack(0) | 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月01日

結婚式のその夜…

ところで結婚式の日の話はここでは終わらない。

道後のホテルで披露宴や宴会をすると、入浴券がサービスでもらえる。

有効期限は一ヶ月だ。
やんちゃぁが、「入って帰りたい。」と言った。
一ヶ月以内に帰れるかどうかわからないからね。

でも、みんなパーティー仕様の服に髪に化粧で、手荷物も多いし、湯上りの化粧水もないし…
ということで、一度帰ってもう一度来るかぁ・・・(いまいち気が乗らない私)
雨なのに。

すごい雨なのに。

車で行こうかと思ったけど、週末は車でのご来館はご遠慮ください、とある。
確かに駐車場は満車だった。

で、やんちゃぁが電車で行きたい、と言った。

雨なのに。

「道後に行くなら電車やろ!」と気を良くしたやんちゃぁ。
solaちゃんも、電車とお風呂で大興奮。

でも外は大雨。

結局、二人の熱意に押されて渋々出かけることにした。

が、意外に電車も楽しいね。
普段はあまり路面電車乗らないし。
で、道後の商店街を歩くのも、結構楽しい。

私は、道後は地元で、中学校の登下校は道後の商店街を歩いてました。
懐かしいかというと、もう当時から20年以上も経ってだいぶ様変わりし、
懐かしさよりも目新しさの方が多かった。

でも、こっそり買い食いしていた六時屋のアイス最中をやんちゃぁに勧めて
みんなで食べた。
solaちゃんには何度か私の買い食いの話やアイス最中のおいしさを話していたので
もう当然のごとく道後に来ると毎度食べるけどね。

お土産屋さんも堪能し、本館横にできた新しい広場で揚げたてのじゃこ天食べて
まるで観光客のように満喫した。

道後館のお風呂も、私にとっては懐かしい。
10年前に他界した父が、その何年か前から毎年道後館のお風呂のメンバーになってて、
既に大人になってた私は、父とそんなに会話することもなかったけど、
道後館のお風呂に行く、というと、よろこんでくっついて行った。
当時はメンバーの料金も安かったので、お風呂に行くと週末なんか人がいっぱいだったのに・・
今はいくらなんだろうな・・・土曜の夜7〜8時くらい、全然人がいない。
ほぼ貸し切り状態だった。

その分お風呂はとても清潔で手入れが行き届いている。
行き慣れた温泉とはいえ10年ぶりに入る温泉には新鮮さもあり、感慨深さもあり。

一番道後館に通っていた頃は、私は就職したてのころで、
いろんな意味で私の中で波乱の人生の幕開けの時代だった。
で、よく、道後館の露天風呂に浸かっては しみじみと自分の今後の人生について
思いを巡らせていたなぁ・・・・ということを思い出した。

20代前半と言えば、結婚のこと夢見がちに想像して
いったい自分はどんな人と結婚するんだろうかと
当時は本当に、結婚生活なんて想像もつかなかったけど、
いざ結婚して子供ができて、こうして今の自分を見つめると、
確かに経済的には苦しくなって、ゆっくりと道後のホテルのお風呂なんかに浸かれる身分じゃないけど、
今の生活もまんざら悪くないはないな、と思ったりしていた。

当然、父の事も思い出した。
思い出す…というか、思い出すのは、しょっちゅうだけど、
父がもし生きてたら…ということを考えて、また一人でしみじみとなった。

広いお風呂に貸し切り状態だったので、少々臆病なsolaちゃんは怖くなり早く出ようと促した。
うまく、ごまかしごまかし入ったけど、結局私の思考が深くなる前に出ることになった。

帰りは更に大雨だった。
やんちゃぁがどうしても、ある店の餃子が食べたい、と言うので電車を途中で降りて
夜9時も過ぎて店に行くと…狭いその店内は満席だった。
無愛想なオバチャンが一人で切り盛りしてるので餃子にありつけるまで時間はかかったが、
大満足のやんちゃぁだった。

こうして長い1日は終わる。





*道後館のお風呂は、今はメンバー方式になっていないかもしれません。
 日帰り入浴が1500円でできるようになっていて、タオルも完備されているので  化粧水と着替えを持ってけば、入れます。
 お風呂に1500円は高いかもしれないけど、それなりのクオリティーをクリアしてるので少々リッチな気分になりたい方は道後散策がてら半日レジャーとしてお勧めです。
posted by ギャロパン at 01:50| 愛媛 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月15日

実は・・・

新しいブログを始めました。

こちらと並行で続ける予定です。

内容は、二人目不妊についてです。

興味があればどうぞ。

明るい家族計画
posted by ギャロパン at 01:12| 愛媛 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月13日

人助けのフットワーク

貴重な3連休、やんちゃぁが帰ってきていた。

やんちゃぁも私も火曜日も休みだったので
4連休だった。

こんなに休みがあっても、どこにも行く予定はなかった。
年末に大きな買い物をしてしまったので
しばらくレジャーはお休み。

でも、DVDレコーダーにたまりにたまった録画リストを
見まくる時間に当てられた。

とはいえ、やんちゃぁが帰ってくると恒例になっているのが
近くのスーパー温泉に行くこと。
併設されているゲーセンで、ソラちゃんが欲しい
クレーンゲームの景品を取ってもらえる、という利点もあるからだ。

で、温泉に行ったところでちょっとした事件(?)があった。

私とソラちゃんがまったりと湯船につかっていたら、
隣の湯船に突然、ドボーーンッ!!!と大しぶきをあげて
人が転げ落ちた。

一瞬、え?大丈夫?と思ったけど、
お風呂だし、足でも滑らせたかな、と思って様子をうかがうと、
もがくでもなし、起き上がるでもなし、
本当にドラマのどざえもんのように
プカ〜〜っと浮かんできた。

こりゃいかん!すぐに救出せねば!!と私が思うよりも早く、
私の前にいた別の女性が隣の湯船に入った。

ここまでだいたい3秒くらい。
私が動くよりその女性は1秒早く動いていた。

で、二人でその倒れた人を大急ぎで起こし、
すると普通に意識があったのでホッとし、とりあえず横たわせた。
また別の女性が従業員さんを呼んできてくれた。

私はとりあえず湯船から出しただけで、
何をどうしていいのかわからずオロオロしていたが、
一緒に助けた女性は冷静に、
その倒れた女性を仰向けではなく横にして様子を伺っていた。

そういえば、湯船でお湯を飲んでるかもしれないし、
のぼせて嘔吐する場合もあるから、窒息の危険を回避するために
そうするのが適当だった、と後で気づいた。

その女性は、意識がハッキリしていて、顔色も悪くなく、
ほどなく数人に支えられながら更衣室へ出て行った。

女性は20代前半の若い人だった。
実は、先週も同じ温泉に行っていて、
そのときも洗い場で倒れた人がいた。
中学生か高校生くらいだった。

そのときは自分のところから離れた場所だったので、
遠巻きに様子を伺うという感じだった。

しかし今回は、すぐ目の前で起こった出来事で、
とっさのときに私は意外に使えない、と自覚した。

その救出に向かう足だって、目の前の女性が動きださねば
まだ2秒は動いてなかったかもしれないし、
バシャーンと倒れたその瞬間は見てなかったけど、
なんとなく、転んで倒れるのとは違うように直感で感じていた。

普通なら「キャー」とか、手足をバタつかせたり、
ある程度アクションや受身の体制を取ると思われるけど、
本当に無抵抗に倒れたような気がしたからだ。

それを思ってたのに、プカ〜と浮かぶまで様子を見るなんて、
ただ、自分は躊躇してただけだった。

ちょうどその日、「アッコにおまかせ」の番組で、
2000年にアッコが車にはねられた時、
2mほど飛ばされて動けずに倒れていて、周りも車がビュンビュン
走っているのに、近くにいた歩行者はすぐに助けに来てくれる様子は
なかった、というのを聞いていたところだった。

結局、通りかかった大学生が駆け寄ってきて救出してくれたらしいが、
別の人は携帯で話しながら悠々と歩いていた、というのを聞いて
恐ろしい…と思った。

のに、いざ、そういう場面に出くわすと、
自分で思うほど動けない、というのもわかった。

少し前、イノッチと瀬戸朝香が、車で走りながらも停車して、
歩道に倒れていた人を救出した、というニュースがあったが、
あれは、最高にフットワークのよい人助け感のある人だと
改めて思った。

ま、こういうことに慣れる、というのもおかしいけど、
できるだけ、フットワークのよい人助けをできるように
普段からのイメトレ(妄想?)はしておくべきかな。


あと、若い女性はダイエットとかで無茶なお湯のつかり方を
することもあるので(経験談)、お気をつけ。
posted by ギャロパン at 08:22| 愛媛 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年02月04日

結婚とは…? なんですか?

…って質問、またもや されちゃった。
うちの会社には、結婚前のうら若き女子社員がたくさんいるからね、
もうこれで何回目かな…よくされるんです。
私って、なんでもしたり顔でえらそうに話すからなぁ。

そう、この質問をされたら、答えられるようにしておこう、
って思ってたハズなのに…またもその場しのぎの答えをしてしまい、
後から あれこれ考えました。

とりあえず、質問されてすぐに出した答えは

 「生きる目的」 

一人だったら、一所懸命ごはん作ったり、家の中をかわいらしく
ディスプレイしたりしないし、ダラダラとテレビとか見て過ごすかなぁ…ってことで。

質問の前置きが、
「結婚とは人生の墓場と言いますが・・・」だったので、
まだ結婚前の女の子には、あまりに夢がない答えをしてはいけない、
って思ったのと、
結婚に対してプラスのイメージを持たせなくては!と思ったので。

もし、結婚に対して夢見る夢子ちゃん的発言の上で
「結婚とは…」と質問されていたら、容赦なくその夢を
ひねりつぶすんだけどね。


でも後で考えるとそれって、結婚してなくても同棲でもいいわけじゃん。
ちょっとなんか軽い感じ。

で、仕事中だったけど、同僚で別の既婚女性に聞いてみた。
「結婚とは…」

「忍耐」「制度」

えっと、「忍耐」については、一般的に言われる「忍耐」とは
少し違うニュアンスで捉えられていて、
うまくここで表現できないのだけど、
なるほど、と思えるコメントでした。

「制度」は、まさしく真実なんよね。

別に、籍を入れなくても世の中には内縁の妻とか、事実婚とかいう状態も普通にあって、その人たちと籍を入れてる人たちと何が違うかって、
例えば、公的な援助だったり、世間的な見てくれだったり、
書類上の処理の問題だったりするので、
実際の二人の生活が、同棲と結婚とどう違うか、というと、
そんなに変わらない。
やはり突き詰めれば「制度」ということになる。

しかし、これではあまりに夢がない。
結婚に夢を抱けない若い女の子には向かない言葉だわ。

で、今度は男性既婚者に聞いてみた。

 「成り行き」「運転免許みたいなもの」 だった。

「成り行き」は分からないでもない。
かく言う私も、「成り行き」的要素は多大だ。
「成り行き」というとイメージ悪いが、「タイミング」とも言える。
結婚願望なかった私が結婚したのも「タイミング」だったからね。

「運転免許みたいなもの」とは、「世の中の大多数は
結婚するもんだし、単に、車の免許を取るようなもんで、
特別なことでもなんでもない。」との見解だ。

まーー、「結婚」自体が珍しいわけではないので
特別でもなんでもないのかもしれないけど、
それはやっぱり男性の意見だな。

男性は、結婚しても、そんなにライフスタイル変わらないもん。
もちろん、子供ができたら育児に参加して…とかはあるけど、
自分の仕事を辞めて、パートナーの転勤についていき、
ほとんどの人は、そのパートナーの稼ぎ次第で
生活水準も生活サイクルも決められる。
女性自身が自分で稼いで自分の水準を上げられる、ってのは
一般的な見解にはそぐわない。


で、いろいろ考えて私の行き着いたところは…

やっぱ、 「チーム」かな。

同じチームで試合に勝つために日々、一所懸命特訓したり、
チームメイトが負傷したらカバーしあい、
苦しいことも楽しいことも、ゲームに勝った喜びも負けた悔しさも
一心同体で一緒に時を重ねていき、その間に厚い信頼関係と
強い絆がうまれる。
同じ目的に向かって協力しあうということに大きな意義がある。

このチームというのは、単に放課後友達と集まって
ちょっとバスケしよう、とかそんなノリではない。
都合のいい時間に集まった気の合う友達と暇つぶしかねて、
時間が来たら終了・・・
とは違う、もっと強い拘束がある。

ちゃんと入部届けを出して、顧問の先生や先輩に挨拶して、
一旦入部したからには、毎日のハードな練習を最優先させて。
高校の部活動っすよ。イメージは。


やんちゃぁと結婚した当初は、
この人とこれからずっと、うまくやっていけるんだろうか…と
不安になることも多々あったけど、
幾多の苦難を乗り越えて、当初はなかった信頼関係も、
厚い絆も、同じチームとしての進むべき方向や
口に出さぬともわかりあえる心地よさとか重ねあって、
今が一番いい状態だと思える。

もし、ただの同棲だったり、ただ付き合ってただけなら、
あっという間に別れていたかもしれないけど、
一度結婚したからには、「はい、じゃ、今日で別れましょ。
明日からは恋人辞める」
というような簡単な別れ方はできないので
簡単に放り出せないことにより、
なんとか前向きに努力したことにより
どうにか ここまでくることができた。

だからといって、これからが安泰だとか、
別れないという保証は全然ないけど、私たちの場合は
結婚という拘束により絆が深まったバージョンだ。
一応その制度に感謝。

まあこれも、暗示にかかりやすい私の性格も大きい。
結婚しても気持の上で全然変わらない、という人もいるけど、
私の場合、入籍して今日から名前が変わる!というだけでも
ものすごく刺激的でうれしかった。

指輪を左の薬指にはめることがチームのゼッケンをもらうようで、
あぁ、私も人の「奥さん」と呼ばれるようになったんだぁって
くすぐったいような責任を感じるような、なんだか感慨深かった。

名前が変わったからって、
当初は学校や会社に行ってたわけじゃないので
すぐさま新しい名前で呼ばれたり新しい名前で名前を書くことって
案外少ないんだけど、名前が変わってるんだ、って思うだけで
一人ほくそ笑むような気持ちだった。

当時は、一人で勝手に「よい奥さん」になろうと気負ったり、
「素敵な家庭」を作るために一人でイメージ膨らませたりしてたもんだけど、
そういうのがあったせいでギクシャクしてたのかな、って
今では思う。

独りよがりではダメなんだ。
相手とよく話さないといけないし、時にはケンカも必要だし、
夫婦といえども気遣い、配慮は必要だわ。


あら、脱線してきた。


結局、今度から「結婚とはなんですか?」と質問されたら…

「高校の体育会系部活のチームメイト」って答えるようにしよう。


ちなみに、何年か前にも、同じような内容の記事を書いたなぁと
自分のブログを検索してみると、
こんなのがあった。
http://yancha-otember.seesaa.net/article/5548904.html

なんだ、同じじゃん。変わってない。

お暇なら読んでね。


posted by ギャロパン at 01:48| 愛媛 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月13日

クリスマスムード

気づけばもう、クリスマスまで2週間。
すっかり寒くなったし、街も空気もすっかりクリスマスムードですな。

私の個人的な意見としては、
街やお店やテレビで、
クリスマスのムードをあまり早くからやらないでほしい。

早いところは10月の末頃からイルミネーションしてるでしょ。
今年なんて特に、10月はまだ温かかったから、
クリスマスなんて気分になれなかったし、
あまりに早いクリスマスムードは、なんだか時よ早く経て!
と急かされているようで、落ち着かない。
第一、夏から一気に冬になるようで、
秋が大好きな私としては、少し不愉快な部分もある。

ホントに個人的な意見としては、
11月はまだ、秋を味わいたいし、
落ち葉や紅葉のイメージ、カラーとしては茶色にオレンジに朱色を
楽しみたいかな。

12月に入るとさすがに、クリスマスムードも高まるし、
急に寒くなって、俄然、雰囲気も出てきた。
白、緑、赤、ゴールド、ブルー なんてイメージも合ってくる。
クリスマスもしっくりくる。

イルミネーションはキレイだし、見たいと思う方だけど、
地球温暖化の叫ばれている昨今、あまりに早い電飾の
無駄(?)な電力が気になるし、
そんなにド派手なものを求めていない。
心安らかに清らかにいきたいものだ。


なんて、かく言う私だが、
solaちゃんにとっては、そんな淡いワビサビや
地球環境なんて分かるわけもなく、
10月に行った海遊館のイルミネーションを見て以来、
早く家の飾りも飾ろう、とまくし立ててくる。

せめて、solaちゃんの七五三が終わるまでは待ってくれ、ということで、
終わるやいなや、11月の最終日曜日に
我が家の小さなイルミネーションを出すことにした。
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それと、
以前から大きめのクリスマスツリーが欲しいと言いつつ
毎年300円で買った50cmくらいのツリーで済ませていた我が家だが、
今年はとうとう、150cmのを買った。

緑にしようか、白にしようか。
ノーマルにしようか、光ファイバーにしようか。
根本はアイアン(鉄)にするかプラスチックにするか。

毎年毎年、さんざん悩んで翌年へ持ち越していたのを、
結局今年決めた理由は…・・・安さ。だった。
ごくごくノーマルでシンプルでなんの飾りもないやつを
安〜〜〜く手に入れた。

ツリーを組み立てると、飾りも飾りたくなる。

ということで、クッキーもsolaちゃんと焼いた。

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去年までは、このクッキーも、アンパンマンやロールパンナの顔を作らされて、時間と手間がかなりかかっていたが、
今年は、solaちゃんは、「脱アンパンマン宣言」をしており、
「アンパンマン好きよね?」と聞くと
「アンパンマンなんかダサイけん!」と返してくる。
というわけで、今年は型抜きでお手軽につくることになった。


クッキーって、焼くときのあの焼き上がりの
香ばしくて甘い匂い、最高っすな。
ツリーにも飾るけど、solaちゃんが食べる用のもしっかりとキープ。

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家の中にも時間と日にちをかけてチョコチョコと飾り、
玄関にリースを飾ればもう完璧。

寒く暗い中を家に帰り、リースの飾られた玄関を開けると
廊下を通り抜けた先の庭にささやかなイルミネーションが
光っているのが見えると(タイマーにしてるので)、
何ともやさしい気持ちになれる。
solaちゃんは 毎度毎度わかりやすく感動を口にしてくれるので
やったかいが あるというものよ。

さて、
肝心のサンタさんのプレゼントですが、
前々から今年はサンタさんに何をお願いするの?と聞くと
「シール。」と言う。

solaちゃんの周りの女の子たちの間では、今、
シール帳(貼ったり はがせたりできるツルツルのシート)に
シールを貼って友達と少しずつシールを交換するのが流行っている。
中でも、プクプクな肌触りの立体シールや、
リラックマやサンリオのお気に入りキャラのシールは人気で、
そういう手の込んだシールは少し高めなので あまり買わない。

といっても、せいぜい300円から400円程度のものなので、
そんなシールを3,4シート買ってやろうか…と思っていた矢先、
近所のお気に入り雑貨屋に、solaちゃんと二人で行った。

するとそこで、ベビーカーが収納の箱となっている
クマのヌイグルミの赤ちゃんセットを発見。
お世話用のオムツやほ乳瓶もあって、solaちゃんの赤ちゃん大好き心を
大いにくすぐりまくった。

その雑貨屋さんは、普段から私の雑貨欲を存分にくすぐってくれる
お店で、そこに置いてあるキッズ・ベビーグッズも、
ハズレなしでカワユイものばかり。
オモチャ屋さんによくある 派手派手しい色使いではなく、
押さえたトーンのツイードの布で作ってあるそのクマの赤ちゃんセットは、
私の気持ちも存分にくすぐってくれた。

7500円…。

少し高価であるが、
solaちゃんと私の気持ちが一致したところで、

「このクマちゃんはちょっと高くてママは買えないから、
これをサンタさんにお願いしようね。」と言いくるめ、
その日はその店を後にした。

そして後日、solaちゃんのいない日に、こっそり買っておいた。

ちなみに、solaちゃんのそのクマの赤ちゃんを見つけた日は、
別のクマで、これまたカワユイ クリスマスグッズがあり、
solaちゃんが欲しいと言ってきかない。

値段は1500円ほど。
見た目は手がそれほど込んでなくて作れそう…。

ということで、じっくり記憶して帰った私は、
翌日一気にそのクマを縫い上げた。
どうだー。
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posted by ギャロパン at 00:37| 愛媛 🌁| Comment(5) | TrackBack(0) | 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月09日

講演

京都旅行の話題を早く仕上げて
ここに書きたいネタがあったんです。

京都旅行に出かける、という金曜日の午後、
実は私は、小学校の役員の仕事で
学校保健の研究大会に出席し、ある人の講演を聴きました。

その人は、木藤潮香さんです。

この名前を見て、ピンと来たでしょうか?
『1リットルの涙』を書いた木藤亜也さんのお母さんと言えば
おわかりでしょう。

そう、今はあんなになってしまったエリカ様が
まだ可憐で乙女で消え入るような美少女を演じたあのドラマの
原作を書いた木藤亜也さんのお母さんです。

あのドラマに私は はまって、毎週食い入るように見入り、
何度も涙で顔をグジャグジャにしたものでした。

脊髄小脳変性症という原因不明の進行性難病に侵され
脳の中はハッキリと冴えているのに、体がどんどん動かなくなっていく
というせいで、苦難な人生を送り、
亜也さんは25歳で亡くなりました。

その実のお母さんが来松してお話を聞けるんです!
この役員の仕事として、連絡プリントを頂いたときから
木藤潮香さんの話を楽しみ(?)にしていました。


果たして、木藤さんの講演は、すごく貴重な、価値あるものでした。

出てきて、第一声の挨拶を聞いた瞬間から、
なんと優しく穏やかで、すばらしい人格を持った人なんだ、と
驚くと同時に、その人の影に、あんなことがあったんだ…と、
ドラマを走馬燈のように思い浮かべるだけでもう、涙がこぼれそうでした。

母親として娘の異常に気がついたという瞬間、
そこから、娘に病院を促すまでの母親の葛藤や事前の準備、
そして、娘本人に、その病気のことを知らせるという重く切ない場面、
世間と娘をつなぐ役としての母親の役割、
兄弟、家族、そして世間と関わる娘の葛藤を一身に背負う母の役割、
そのどれをとっても、涙なくしては聴けず、
涙をぬぐってもぬぐっても後から後から涙があふれるばかりでした。

涙もろいのは私だけではないですよ。
会場には涙もろい母親たちがそろっています。
会場じゅうから鼻をすする音が響き、誰もがハンカチを握りしめていました。


この木藤潮香さんの話を聞くと、
まず、この人のすばらしさは、あんな重大な危機に面して、
常に冷静さと客観性を失っていないことでした。

もちろん、その悲しみや苦しみは、私たちでは計り知れません。
でも、どうすることが娘にとって最善なのか、
自分に出きる最大限のことは何なのか、
元々保健婦でそのような仕事に少なからず携わっていたということを
差し引いてもあまりあるすばらしさでした。

一貫していたのは、娘の亜也さんが思春期であり、
自分の意志を持つ1人の人格者であることを尊重し、
決して母の思いや価値観を押しつけたりしていないことです。
まるで亜也さんの前に必死で道路を切り開き、
亜也さんが自分の足で歩き出すのを両手をさしのべながら
待っているかのようでした。

世間の目からの防波堤の役割も重要でした。
世の中には心ない人や、心あっても現実を突きつける人はいるもんです。
私なら、くじけてしまいそうな言葉を浴びせる人もいたようです。
でも、娘を守るためには、くじけてなんかいられない、という
強い意志がありました。

それでも病気は進行していくばかりで、
いっそ、死んでしまった方が亜也さん本人にとっては楽なのかもしれない、
と思う時期もあったようで、
何もできない母親は、ただ、どれだけ自分が身代わりになってやりたいか、
無念の気持ちでいっぱいだったようです。

何もできない自分…


もし、自分の娘が息子がそんな病気に侵されたら……
会場にいた誰もがそれを想像して、
潮香さんのつらい胸中をの何百分の1かを共有できたことでしょう。


ついつい親は、五体満足 無事に産まれてきたことを
ただ喜んでいた、ということを忘れ、
より賢く、より上に、あれしなさい、これしなさい、
あれができていない、こんなことができない、
なんてことを言ったり思ったりしてしまうのだけど、
今、普通に生きてることが どれほどすばらしいことか、
改めて実感することになりました。

いや、普段からでも、なるべくそう思うように気を向けてるけど、
平和な日々が日常化すると、つい、忘れがちになってきます。


潮香さんの子育て、子供への接し方は、
亜也さんのような病気になってしまった人だけでなく、
普通の子育てにも通じるものは多々あります。

親は、子供を信じて子供の意思を尊重しつつ、
でも、守るべき物からは身を挺して守らなければならない。
愛情を持って接していれば、叱咤も激励に変わり、
後に分かり合えるようになる。
導いてやるのではなく、愛で包む。
すると、自ずと道は開けてくる。


この講演で流した涙は、心の中まで洗ってくれるようでした。

タップリ1時間半の講演は、全く退屈することなく、
初めから終わりまで全てが聞きどころでした。



学校の役員でこの役に決まったとき、
仕事を休んで行かないといけないのが面倒…と思っていたけど、
すごくいい体験をさせてもらって本当によかった。


posted by ギャロパン at 23:06| 愛媛 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月30日

涙腺ユルユル

30代に入ってからというもの、涙もろくはなってきたが、
最近は更に 涙腺が緩んで緩んで、
一体私は1日に何回泣いてるんだ?!というくらい泣いてしまうときがある。


『山田太郎物語』
ニノ主演の大家族ハートフルストーリードラマ。
ニノが好きなのもあるけど、兄弟同士のいたわり合いを見ると、
毎回のように涙してしまう。


『知っとこ』
オセロが司会する土曜朝の情報番組。
その中の“こどものみかた”というコーナー。
毎度、子供が到底ムリっぽい、ってことを
頑張ってやり遂げるチャレンジコーナー。
ほぼ毎回、泣いてしまう。


『海保ちゃん』
TBSのドジキャラアナウンサー。
毎朝欠かさず見ている「はなまるマーケット」の進行役を務める。
今年30歳になる彼女は、主婦のやる料理や家事ができない負け犬キャラとして よく千秋とかにいじられていた。
そんな彼女が寿退職宣言した朝、
私はまるで、私の会社の同僚が結婚決まったかのように
うれしくて泣いてしまった。
その彼女出演の最終回の昨日、
番組最後まで見られないのでビデオに撮って最後の挨拶を見ました。
海保ちゃんは「泣きません。」と頑張って笑いに変えていたけど、
こちらは号泣っす。


『イノッチ & 瀬戸朝香』
なんでだろ。
別にどちらとも、すごくファンというわけではない。
あ、もちろん、嫌いでもないけど。
結婚会見を突然朝の起き抜けに見た瞬間、これまた号泣。
イノッチの素朴で飾らない感じがすごくよくて、
瀬戸朝香も、見た目はツンとした感じなのに、
とても気さくにしゃべっていて、
イノッチに向ける視線や醸し出すオーラも、
すごく幸せそうで、見ていて安心感を与えるカップルだった。
芸能人のカップルって、ま、直に知ってるワケじゃないので
なんとなく絵空事というか、どうせ別れらい、と冷めて見ていたけど、
この二人は幸せになってほしいなぁ〜って友達視線だった。
ジャニーズって結婚させないっていうイメージもあったしね。


『いのちは見えるよ』
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solaちゃんと本屋さんへ行き、私がファッション雑誌や趣味雑誌を
読みふけっている間にバアバに買ってもらった絵本。
赤ちゃんが出てきたり産まれてくる系のものに弱いsolaちゃん。
それプラス、‘青少年読書感想文全国コンクール’の
1,2年生の課題図書となっているのもあって、バアバも賛同。
少し長めの絵本で、家に帰ってsolaちゃんが寝た後に読んでみた。

すると、号泣号泣。
簡単なあらすじを言うと、

小学生の女の子が主人公で、お隣に目の見えない夫婦が住んでいる。
その夫婦に赤ちゃんができ、生まれるところに偶然立ち会い、
出産のすごさを目の当たりにする女の子。
毎日、赤ちゃんの様子を見に行き、あまりのかわいさについ、
「赤ちゃんが見えたらいいのにね。」と言ってしまって
その罪悪感に小さい胸をキュッとさせる。
でも、そのお母さんは「いのちは見えるよ。」と言うのだ。
その言葉の意味を小学生ながらに一所懸命考えて、
学校でその話をすると、先生が学校に赤ちゃんと夫婦を学校に招くことを
提案する。
クラスのみんながその いのちに触れて…。

いろんな話題が満載で小学校低学年にしては難しい話だ。

この、いのちが見えると言った目の見えないお母さんの台詞を
読むたびに、涙が出て出てしょうがない。
2回読んで2回とも泣いてしまい、
翌朝solaちゃんに読んで、と言われ、我慢しようと思ったのに、
やっぱりその場面に来ると泣いてしまって声がつまる。
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solaちゃんは何で私が泣くのか分からない。
「なんで?」と言われて、説明しようとしても
うまく言葉が見つからない。
小さい女の子が出産を目の当たりにして
生命誕生のすごさを実感することとか
女の子が小さいながらキュッとさせることとか、
目の見えないお母さんを不憫に思ったこととか、
でも、そんな現実をもろともせずに「見える。」と言った自信とか、
その裏に見える苦労を想像してか、
女の子が先生に話して、先生までも涙をにじませることとか、
全部が微妙にあい重なって、
お話の後半からは何回読んでも涙が止まらなくなってしまう。
何回も読むと、もう、話の最初から
中盤のことを想像して泣きそうになってしまう。

未だに、スラスラと文字の読めないsolaちゃんは、
特に長いお話は自分で読もうとせずに読んでもらいたがるので、
どうやって泣かずに読むか、それが問題だ。

ちなみに、絵は愛媛県の人。


posted by ギャロパン at 13:00| 愛媛 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月08日

若者の財産は若さ

いつもはsolaちゃんと一緒に寝てしまう私が
たまたま遅くまで起きていて見た番組から。

オリラジの番組で、
30前後の女タレントに、若者文化のクイズを出して、
若者度をはかり、間違えたら若者たちでバカにする、という
コーナーかな(?)毎週やってるのかしらないけど。

年の差をネタにしておもしろがる番組、基本的に
そんな嫌いじゃないし、
会社で、10以上違う女の子達と時代格差の話題で
盛り上がったりして楽しんでるので、
このときも、友近が出てるし、おもしろそう…と思って
チャンネルをそのままにしてみた。


が、見ているうちに、だんだんなんだか
胸クソ悪くなってきた。

まあ、答えるタレントも、バカにするタレントもお仕事だし、
そういうコンセプト(あまり若くない女タレントをからかう)を
分かっての番組なので、それぞれが役割を演じていたのかもしれないけど、
バカにする若者たちを見ていると、
それをバカにする若者側の人たちに、
人をバカにする程の価値があるのか…?
そして、その問題って、知らないとそんなにバカにされるようなレベル?
と思ってしまって、
小憎たらしい感じで はやし立てるのを、
つい、イライラして見てしまった。


いつからだろう、
若い方が偉い、みたいな、
新しい方がいい、みたいな、
そういう風潮になったのは。

私は、例えば同じ主婦としても、
年長者たちはそれなりの知恵やツボを知っているし、
それを体現しているのだから、尊敬する部分はあると思える。

90歳や100歳に近い人たちが、
時代にそぐわない発言を聞いたとしても、
それは、その人たちの歴史があって、体験してるからこそ
言えることもあるし、一概にその言葉をムダに流せないし、
逆に、新しいやり方や、新しい文化を押し付けようとも思わない。

タレントでも、女優でも、長年活躍している人たちの
言葉は説得力もあるし、すごいなぁと思うことはあっても、
それをバカにする気にはなれない。

自分がちょうど、バカにされた友近と年が近いから?ひがみ?
たまたまオリラジがそんなに好きではないから?
いえ、違うと思う。

ただ、その年の差や、若者文化を知って、「へーー」と言うだけなら
そんなにも私は思わなかったけど、
その番組の作りは、いかにも、
若い人たちの方が 新しくていろんなことを知ってます!
すごいんです!的な作りで、
一方的な視点での作り方しかしてなかったから。

新しいことでも、それが例えば科学的な発見とか
新しい解釈とかならまだしも、ただ、
渋谷の109で一番売れてる服は?
なんて、それこそ、地方の人なんて若者でも知らない人多いだろうし、
それって多分、一時的なことで、すぐに廃れる文化でしょ。

若い人たちって、年季の入った大人のように経験も知識もないから、
ただ「若い」ってことだけが武器なのさ。
その武器一つで大きく振りかぶっても、アンタ、
若さはあっという間になくなっていくのよ。
大人になって中身の無い大人にならないように、
ステキな大人を手本にすべきじゃん。


結局、一番多く間違えた友近は、
最後におばちゃんたちに
「若者ぶらないで!アンタもこっち!おばちゃん側!」
と、言われるのだけど、
それに関しては腹が立たなかった。

もともと友近は80年代、90年代のノリをネタにしていて
おばちゃん的要素をウリにしているから、
そんな罵声を浴びせられたところで そんなに斬新さもなかった。

自分に置き換えて見ると、


私の中学生の頃は、高校生がおにゃん子で もてはやされ、
高校生のころはバブルでOLたちがはじけているのを目にし、
いつも、早く大人になりたいと思っていた。
大人たちが渋くショットバーなんかに行ったり、
一人で大人の服を買っていたりするのを
かっこいい〜と憧れの目で見ていたものだ。

なのに、いざ、自分が大人になると、
何故か脚光は若い人たちへ向っていて、
今なんて、小学生や中学生がタレントデビューしちゃう世の中だ。
もっともっと、素敵な大人に脚光を浴びせるべきだし、
若者文化を知らないことでバカになんてしなくていい。

でも、これも、結局は、それをもてはやす大人が悪いんだろうな。

大人が若者に迎合するから調子に乗るんだろうな。

女の場合は特に、若ければ若い方がいい、みたいな価値観になってるので
年くっても、素敵!あこがれる!っていう存在になりたい。作りたい。

先日も自分の誕生日で、36になったことを卑下もしないし、
悔やみもしない、と書いたけど、
それは、単に、若くないことの負け惜しみでもなく、
若い人たちを受け入れないという意思でもなく、
むしろ、幅広い世代のいろんな情報を入れていきたいと思っている。

そこで、入ってきた情報を自分の中で順位をつけて選別して、
必要な順に自分のものにしてって、ますます年季の入った自分にしたい。
拒否もしないけど、無条件に受け入れることもしない。

顔では笑ったりすねたり かわいい表情を見せていた
はしのえみ も眞鍋かをりも、きっと腑に落ちないものを感じていたと思われる。

若い人たちよ、
今も一番の財産は若さよ。
若さがなくなっても何かの財産が残る生き方をしなさい。

って、ここで書いたところで、
どんだけ若い人が読んでるのか疑問だけど、
会社でも ここでも、説教くさくなってる自分に気付きます。
年季が入ってきた証拠ね♪

posted by ギャロパン at 16:04| 愛媛 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月06日

幸せってなんだ?

グチを言い出したらキリがない。

それを言うことによってストレス発散できたり、
友達とおしゃべりを より楽しんだりすることはよいけど、

いつもグチばかり言って
人のことばかりうらやんだり、
どうせ私なんか…どうせ我が家は…
なんて ひがんでいては、すぐそこにある幸せに
気づくことができない。

こんな不幸なことはない。

幸せって、ふと、足下を見たらあるもんだから。


常々、日頃から、自分の幸せを見つけて
せっかくの今の自分の幸せをかみしめよう…
ってスタイルで生きている私。

でも、気持ちが弱くなって、ついつい、
うじうじと過ぎたことを悔やんだり
こんな春の日には不安になったりしてしまう。




会社のお友達と他愛もないおしゃべりをしていたときのこと。

会社のお友達のほとんどは、まだ独身で、当然子どもはいない。
私はよく、子どもネタとしてsolaちゃんの話をする。

ようやく、文字の読み書きをボチボチできるようなったsolaちゃんは、
保育園でもやっていた遊びの一環で、
簡単なお手紙を書いて私とやりとりする。
…という話を会社でしていた。

たまたま同じマンションに同じ会社の女の子がいて、
solaちゃんはその娘が大好きなので、お手紙を書いた。

「だいすきな ○○ちゃんへ
 ○○ちゃん ままのことすき
 すきならちゅしてよ
         そらより」
(ママのこと好き?
 好きなら、チューしてよ)

たどたどしい字で、句点も読点もなく、解読するのに
ちょっと時間かかるけど、かわいいこと書いてるでしょ。

こんな感じで、

色紙の裏やかわいいメモ帳でかんたんな手紙を書き、
二人で決めたレターラックにお手紙を入れて
お互い(私とsolaちゃん)がそのラックを介して
お手紙のやりとりをする。

こんな他愛もない話を、会社の女の子にしていて、
ある1人がふと、

「ギャロパンさん(当然ここは本名よ)、
幸せですね〜〜。」
と、しみじみと言ってくれた。


おっ。
そっかーーー。
これってホント、客観的に見たら
幸せの図だねーーー。

まあ、子どもに関しては、そういう些細なことで
幸せを感じる事っていっぱいあるけど、
いっぱいあるからこそ ちょっとマヒしちゃって
気づいてない部分があって、
人に言われて改めて気づかされた。

すると、なんかちょっとうれしくなって、
ホントに幸せな気持ちになってきた。


さっき、1リットルの涙を見ていた。
泣きすぎで目が重い。

普通に健康に生きてることが
こんなにも幸せ!!って改めて気づかされた。


あなたの今の幸せは何ですか?
posted by ギャロパン at 00:44| 愛媛 ☁| Comment(4) | TrackBack(0) | 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月19日

松山城

夜、松山の街の空を見上げると、
ふと目にはいるのが松山城。

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最近は特に、見るともなし視界に飛び込んでくるのは、
3年ほどかかった改修工事がやっと終わって
養生シートがなくなったからかな。
より一層白くなった白壁に、ライティングが
カキーーンと当たり、以前より強く光ってるような…。

昨年11月にやっと、長い改修工事が終わった。

松山市に住むものとして、普段見上げれば必ずあった
松山城がシートに隠されてるのって、
見ると案外とガッカリしたもんだ。

県外人が来たときに、松山城が満足に見せられないのは
少し残念に思った。

そして、こうしてシートがなくなると、
あ〜〜〜、松山ってお城下の街なのよね〜と
しみじみとする。
今でさえそんなんだから、
昔なんてホント、ものすごい存在感と権力の象徴だったんだろうな。

で、長い間のシートが外れてはじめに松山城を見たとき、
solaちゃんはまるで初めて松山城を見るかのように、
「あれ何!??」と驚いていた。
山の上に家がある、と。
もう、何度も松山城には登ったことがあったのに。

そういえば、改修工事に入る3年前は、
solaちゃんも物心が着くか着かないかの頃で、
夜に見上げる松山城を見るのは、
本当に初めてのことのようだ。

今では夜に車を走らせていると、必ずsolaちゃんが、
目に入るたびに「あ!松山城!」と、
まるで、クリスマスのステキなイルミネーションを
見つけたかのような弾んだ声を出す。

小さいときから、街のシンボルの松山城を見て育つと、
何か違うかな〜〜。

自分のことを思い返してみた。

自宅の2階の部屋から松山城が見えるのは当たり前だった。
子どもの頃なんて、お城が見えようが見えまいが、
全く関心なかったし、
というか、そこにお城があるのが当たり前で、
光っているのも当たり前、
昔に思いを馳せるなんてこと皆無だった。

でも、遠足で登ったり、友達どうしで登ったり、
写生大会に行ったり、
時にはガイドさんに話をきいたり、
自宅の前に家が建って簡単にお城が見えなくなったり、
そうしてまた登ると、眼下に広がる松山平野の景色が
すばらしくて、
だんだんと、お城への愛着や、関心が沸いてきて、
そうこうするうち30年も経つと
お城のことがとても価値あるものに思えて、
そしてとても立派にすばらしく思えて、
今ではすっかり、私の誇り、松山市の誇り。

solaちゃんが将来、松山を出て離れてしまっても、
松山に帰ってきてこのお城を見ると
ホッとする、そんな気持ちになってくれると
私もうれしい。

posted by ギャロパン at 01:38| 愛媛 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月31日

私なんてまだまだ

今日、1時間もかけて書いたここの記事を
つい消してしまって、大ショック。
全く別の話題を・・・。


solaちゃんと同じクラスの子のお母さんなんだけど、
つい先月、3人目を産んだばかりだというのに、
もう昨日から仕事復帰って!!

すばらしいね。

まだ赤ちゃんなんて、1ヶ月そこそこでしょ。
もしかして、夜中はまだ3時間おき授乳かもしれないし、
保育園に預けられるのは半年以上からなので、乳児を預かってくれるとこに
別に預けにいけないといけないし、
小学生のお兄ちゃんもいて、あちこち、大変なハズ。

社員で働いているようなので、
きっと朝だって、私のいく1時間以上まえには出社してるだろうし、
体もそんなに休めないだろうし、大変だぁ〜〜。

でも、なんだか生き生きしてた。

私は、もし二人目ができたら、
今のパートを辞めて、赤ちゃんが3才近くになるまでは
家で面倒見て…と思っていたけど、
そんなぬるま湯な考えはないんだな。

いずれ、正社員で就職しようと思っている私だけど、
今のパートの状態でも、結構家の中バタバタで、
何一つ満足にこなせてないのに、果たして社員で会社に入って
やってけるのだろうか…?なんて勝手に不安がっている。

えらいなぁ。
Kちゃんのお母さん。

solaちゃんが小学校にあがるので
今より朝が1時間以上早く起きねばならない、なんて
ヒーヒー言ってる私はまだまだ。

posted by ギャロパン at 00:26| 愛媛 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年12月30日

今年の一文字

去年もこれをやったから、
今年もやろう、やろうと思いつつ、
ゆっくりとPCへ向かう時間が取れなかった!

でも、書きたいので、書くぞ。


で、結構悩みました。
1年てアッという間だけど、終わってみるといろいろあって、
何か大きな出来事を一つだけ取ると
「今年…」というよりは、ピンポイントに「あのとき…」となってしまい、
今年を象徴するのとは ちょっと違うような気がして


ま、まあ、いろいろとグジュグジュ悩んだけど、
結局、1年終わってみて、今の気持ちを表現することにしました。

今年は・・・


「仲」



7月にやんちゃぁが前のハードな仕事を辞めて、
8月いっぱいと9月ちょい、やんちゃぁと家族が久しぶりにゆっくりと
向き合えることができました。

仕事が見つからないことの不安やイライラのせいで、
大きいケンカもしたけど、結局それがかえって地を固まらせました。

家族でおでかけもいろいろでき、
その後、新しく就いた仕事は残業が少なくてちゃんと休みの日に休める、
という仕事だったので、平日も思いの外、家族で顔を合わせて
ご飯を食べたりお風呂に入ったりと「家族の仲」を深めることができました。


私は、やんちゃぁと結婚して、いわゆる「新婚時代」は、
今から考えると最も殺伐としていました。
慣れない家事や育児に振り回されたのもあったし、
あの当時は、やんちゃぁの仕事も、今よりもっと大変で、
先の見えない不安に、いつも押しつぶされそうでした。
お互いのことを、まだよく知っていなかったせいで、
ケンカも絶えず、常にイライラしていました。

でも、6年という年月を無駄に過ごさなかったおかげで
今は、相手のことがとてもよく分かるようになりました。
で、今では、世間一般で言う新婚時代のように、とても仲良く過ごしています。



それから、
solaちゃんとの「仲」もぐっと近づいた感じがあります。

というのも、solaちゃんが、より人間らしくなったからです。

もちろん、以前から、solaちゃんとの仲は、
産まれたときから、母乳を通じても、その後もずっと、
母子の深い絆でつながれていたにはちがいありません。

そうではなく、シャベリの下手なsolaちゃんが、
なかなか思うように会話ができず、
母としても、もどかしい部分はありました。
そこが今年は、「話す」という行為が飛躍的に伸びたので、
一緒に買い物をしていても、ちょっとしたファンシーショップに入っても、
私の大好きなゴチャゴチャとした雑貨屋さんに行っても、

「これ、かわいいね〜〜。」とか、
「ママこれ欲しい。」「solaちゃんこれ欲しい。」とか
まるで、友達と一緒に来ているかのような会話ができるようになりました。

普段の生活の中でも「今日の服は、あのコートと靴が似合うね〜。」とか、
ドラマを身ながら「○○君、かっこいい〜〜。」とか、
私の大好きなマッキーの歌を覚えて一緒に歌うとか、
そこには、「絆」というよりは、「仲」の良くなった友達、
みたいな、仲の良さがあちこちの分野であらわれてきました。

私が、やんちゃぁとsolaちゃん、両方で
「仲」がよくなった、と実感できる年でした。
posted by ギャロパン at 23:55| 愛媛 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | 思ふこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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